小説・花暦

ライン

■■花暦〜それぞれの思惑〜■■

 週末、祐司はなんでもないように帰宅した。
いつものように、車から一週間分のカッターシャツの入ったケースと冷蔵庫の残り物、
お土産のケーキや途中で買った野菜や果物等を下ろすと玄関に回り家の中に入ってくる。
それを子供たちが出迎え、奈緒美が冷えたビールと準備していたおつまみの皿を並べる。
そのあとひとしきり華やいだ時間を過ごすと、子供たちは満足したように自分たちの部屋に入っていくのだ。
残された奈緒美には、これと言って話す事もなく、ただテレビを見ながら祐司の食事の流れを見守って、介添えし
煙草に火を付けたところで片付けに入る。

 奈緒美は片付けが終わったところで
「来週は連休だから、子供たちをつれて知美のところに行ってこようと思うの」
と切り出した。
「えっ?知美が何か言ってきたのか?」
「そういうわけじゃないけど、二人を連れて遊びに来てっていってたし、向こうの友人にも会いたいから」
「そうか、来週は日曜日に接待ゴルフが入ってるから、帰ってくるのが一日遅くなるから行ってきたらいいよ。」
奈緒美は祐司の表情をさぐりながらも
「ありがとう。あなたもゆっくり向こうで楽しんでください。じゃ、お風呂に入るわ」
というと、立ち上がって浴室へむかった。

 長女の知美は、短大を出てから県外に就職をして、最初は寮に入っていたが1年を過ぎた頃から仕事場の近くに
ワンルームマンションを借りているのだ。
急な申し出ではあるがいつもと変わらない奈緒美の態度に祐司はほっとしながらも、不安は残った。
これまで、奈緒美の方から休日前に外泊などと言った事はなかった。祐司の胸のうちは複雑だったが、
何か言えばかえって、状況を悪化させるように思えたので、快い返事を返していた。
その時、テレビを見ていた目を奈緒美に向けると
心なしかそらしたように感じたのは祐司自身の後ろめたさだったのだろうか。
 
 奈緒美は湯船につかりながら考えていた。
祐司が言い出さない限り奈緒美の方から聞くわけには行かない。
それにこれまでも外でおきてる問題を家庭の中に持ち込んだりはしない祐司だったから、
あの女性の事を聞いたとしてもまともには答えてはくれない事はわかっている。
『自分でまいた種だもの、自分で解決してくれないと』
奈緒美はそう思いながらも、いつものスタイルを崩さない祐司の態度に苛立ちを感じた。
また、自分達が留守をすることを良いことに夫は・・・・ゴルフだなんてわかったもんじゃない。
ふつふつと沸いてくる猜疑心をどうする事も出来ず胸が痛んだ。

 朝、目覚めると祐司は、釣りにでかけていった。
奈緒美は家庭内の用事を済ませると、祐司が持ってきたカッターシャツにアイロンをかけながら帰りを待つ。
いつもと変わらない休日だが、心のうちはぜんぜん違っている。
自分の夫でありながら、存在をまるで遠く感じていた。
本当は会わずに、ここを出て行けたらと思っていたのだが、そういうわけにも行かず週末を迎えてしまった。

しばらくして、敦子から電話が入った。
「おはよう、奈緒美ちゃんご主人と話が出来たかしらって、気になったもんだから」
「来週末3人で知美のところに行くわ。主人には何も聞かなかったし、彼も何も言わなかったの。」
「そう、で?ご主人には許可を貰ったの?」
「ええ、来週は社用で帰れないみたい。だからゆっくりしてくればいいって」
奈緒美の投げやりな言い方に
「奈緒美ちゃんこんなときに家を開けていいの?
余計なことかもしれないけど、話し合ったほうがいいんじゃないの?」
敦子は心配そうにたずねた。
「話し合いにはならないの家は。
知美のところに行きたいと思ってたけどなかなかいいだせずにいたから、かえってよかったのよ。」
奈緒美の捨て鉢な言動に、敦子が
「もう、あなたらしくないこと言わないでよ。」
返答に困っているのを感じながら、奈緒美は吐き出すようにため息をつき
「私らしいって何かしら。大丈夫よあっこちゃん、子供たちの学校があるんだからちゃんとかえってくるわよ」
そういって苦笑した。
「わかったわ、もうなにもいわない。ぜんぜん違う場所に身をおいてみるのも良いことよね。
知美ちゃんとこで羽を伸ばしておいで。ご主人は絶対大丈夫だから、変な勘ぐりはやめたほうがいいわよ」
敦子はそれだけ電話を切った。
『ありがとうアッコちゃん。心配かけてごめんなさい』
奈緒美は受話器を下ろしながら、
どうすることもできないもやもやを敦子にぶつけてしまった事に心から詫びていた。

ライン

VOL

[PR]動画