季節(とき)のワルツ

ライン

■■愛の行方(最終回)■■

キム・ソルジュの帰国の日はいよいよ明日になった。
祖父ソンジェの異国で生き、そして没したルーツを探り続けた日々のなかで 
いつも隣に寄り添う美園への思いも深まり、そういう二人の姿を微笑ましそうに見ている赤松老人と
無関心を装いながら、箱に詰められたソンジェの遺品と自分が今まで守り続けてきた思いをしたためた手紙など
ソルジュのための荷造りに励んでいる愛子がいた。

 「いよいよ、今日で終わりね。こんなふうに一緒に歩けるのも・・・・・」
その日の朝、池の周りを散歩しながら美園がつぶやいた。
「ああ、あっという間の一週間だった、本当にありがとう。
こんなに楽しい時間はこれまでもなかったし、この後にもないだろうな。」
「そうね・・・・」
無口になっている美園を元気付けるかのようにソルジュは言った。
「今日は一日この周りをサイクリングしようか。
過去を探るのではなくて、今現在の二人の時間を思い出に残すために」
『思い出に残すため?』
美園は心の中でつぶやいてみた。
そして、その言葉は美園がソルジュを思う気持ちとソルジュの美園への思いは違うことを感じさせられ
しばらく考えこんでいたが、美園の口から出た言葉は
「もうこれ以上はつらくなるからやめときましょう?
ソルジュさんにとって私は妹みたいな存在かもしれないけど、
出会ってからの私の中もあなたは異性だった。
繋がらない関係ならあなたの助手のままでお別れしたい」
受け入れてもらえない思いをそのまま告げるものだった。
ふっと美園の横顔を見たソルジュの
「僕の気持ちも君と同じだよ。はじめてあったときから引き寄せられるように君に向かってる。
何故だろうっと思いながら会うごとに君にまた会いたいと思う自分がいて、
祖父のことだけじゃなく君をしりたいと思った。
だからこの一週間がとても楽しかったし、
今日はただ君だけを思って過ごしたい。明日は国へ帰ってしまうけど
僕らにはまだ完成させなければならない仕事が残ってる。」
思いもしない告白に美園の頬はポッと赤らみうつむいていた視線をソルジュに向けた。

 優しい微笑みを浮かべながらソルジュの瞳は美園への思いをかたりつづける。
「君が僕を一人の男としてみてくれてるのを気付いて上げられなくてごめんよ。
でも君も僕が君のことを女性としてみていることを気付いてくれなかったんだからいっしょだね。
僕は国に帰ったら、写真家としての独立を考えてる。それにはどうしても君の協力が必要だってことわかるかい?」
 美園は大きな目をもっと大きく見開きあふれる涙を流しながら訊ねた
「そうなの?私はまだこれからもあなたのお手伝いが出来るの?」
「もちろんだよ。僕と一緒に過ごした時間を君の気持ちで文章にして欲しい。時間がかかるかもしれないけど
僕の祖父と君のおばあさまとの思い出を二人で作り上げたいんだ。手伝ってくれるね。」
ソルジュはそんな美園がいとおしくて始めてその頬に触れ 涙を唇で拭きとっていた。
「美園 愛してるよ」
耳元にくでささやくソルジュの声に美園は呼吸をすることも忘れたように酔いしれている。
「ああ、わたしも」
そういいたいのに声が出ないでいる。やっと自分の腕をソルジュ残しにまわし抱きしめることで意思を示した。

 それからどれほどのときが流れただろう。
二人は手をつないで歩いていた。
 「でも・・・・私たちは愛し合ってもいいのかしら?」
美園は愛子とソンジェの関係を以前から気にしていることをソルジュに伝えた。
「美園?前も言ったけど憶測で物事を考えるのはよくないことだから、
まずはおばあさまに君との交際を許してもらうことにしよう。
でも、何かあったのならおばあさまは僕に会うことを拒んだんじゃないかな。
美しい思い出だから僕に伝えてくれたんじゃないだろうか。
僕の祖父の絵の中には祖母への愛を感じたし、
おばあさまの心の深さと気丈な生き方にも純粋さを感じているんだ。」
美園はソルジュの心の清らかさに自分の幼稚な猜疑心を恥じていた。

「とにかく今はまだ僕たちは始まったばかりだし、二人で成し遂げなければならないこともある、
これからのことはゆっくりと考えていけばいい。そうだろう?」
ソルジュの冷静な言葉の中に大切な人を信じる強さを感じながら

「ごめんなさい。わたしったら自分の気持ちが先にいってしまって あなたのおじいさまやおばあさま、
そして私の大好きなおばあちゃんまでおかしな目で見ていたのね。恥ずかしいわ」
そういうと、ソルジュは
「美園のそんなところがとてもかわいいよ」
と、つないだ手を引き寄せると美園を腕に抱きしめた。それに答えるように美園もまたソルジュの腰に手をまわし、
目と目をあわせると、引き寄せられるように静かなそして初めてのキスをしていた。
BR>  幸せの絶頂の中で美園は全ての不安を取り除いてくれたソルジュの深い愛を感じていた。
それはソルジュもまた同じ思いだった。それ以上に二人が結ばれるにはまだまだいろいろな問題が出てくるのを
彼自身が一番知っていたし、美園が気にかけていたことはソルジュの脳裏にもなかったわけではない。
全ての真実は愛子だけが知っていることで
それを問いただすことなどできるはずもないのだから。
『とにかく今夜 僕のこれからの事業に美園が必要だということをおばあさまに了解してもらおう』
ソルジュもまた触れ合った体の温かさを感じながら美園とのこれからを考えていた。

愛子の手紙の最後には
〜『愛さんが大切な人だから、今だけの欲望のためにこの後会えなくなるようなことはしたくない。〜
あの人はあの頃の私の貧しさや苦しみを絵の中に封じ込めてくれたのです。
私だけど、私ではないあの絵の私がそれからの生き方を示してくれました。
彼はチェ・ミソンという女性を心から信頼しそして最後まで愛し続けた。
私の主人勇吉との友情を裏切ることなく、私たちの子供まで愛してくださった

ソルジュさん私はこれまでの全てのことが、決して偶然ではないとおもっています。
心の愛は長いときを超えて一つになるのです。
最後にキム・ソンジェあなたの絵をはるかなる祖国に捧げます。この思いが二つの国に届きますように』
と書かれてあった。

 10年後 「季節のワルツ はるかなる祖国に捧ぐ」と付けられた写真集のスタッフ名簿には
キム・ソルジュと名を連ねて美園の名前があり、
その下の画像には男女二人の幼児の間で微笑む愛子の姿があった。(完)

ライン

VOL2

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