続 愛の詩集

ライン

■■〜存在の深さ〜■■

ふっと目が覚めた。
窓の外はまだ暗い。枕もとの目覚まし時計を手に取り時間を確認した。
3時20分
清香は清香は昨夜、といってもまだ3時間も過ぎてないのだが
たとえようのない孤独感に襲われ泣きながら眠ってしまった。
化粧も落とさずに寝てしまったことに気付き
ベッドから降りてドレッサーの前に立ち自分の顔を見ると
化粧の落ちた顔と泣いてぶくぶくに膨らんでいるまぶたに驚いて
「うわ〜たいへん!」
目の前にあるクレンジングクリームを顔になすりながら
タンスから着替えを出し浴室に向かった。

 君江が寝る前にもう一度暖めてくれたのだろう。
シャワーで全身を流し顔を洗ってゆっくりと湯船につかると
心地よい開放感と安堵感に包まれた。
浴槽の湯は程よい加減に清香の体をほぐしてくれているようだ。
手のひらにお湯を救い上げ顔を洗い、頬をたたきしながら
いつもの癖で湯船の底に体を沈める。
『123・・・・・・・・120」
もがくようにして這い上がり
「ふぁ〜っ」
と深呼吸をしたときになんともいえない快感を覚える。
湯船の中にゆらゆらと揺れる少し大きめの乳房を見ながら
拓也を思い、この乳房に口付ける営みの感触を思い静かに抱きしめてみる。

 そのあとシャワーで髪を洗い、
全身を洗うともう一度湯船につかりまた数字を数える。
清香はもともとなが湯が出来ない。
20分以上浴室にいるとのぼせてしまい貧血を起こしてしまう体質なので
いつも100を数え終わったところでタイムリミット。

 お風呂から上がって台所に行き、冷蔵庫からお茶を出してコップにそそぎ
のどを鳴らしながらいっぱい目を飲み干すと2杯目を注ぎ足し居間のテーブルに置いた。
「あっ!」
その上には清香宛の郵便物が置いてあり、その中に拓也からの手紙があった。
昨夜帰ってきたときは寝ている君江を起こさないために
居間を素通りして自分の部屋にはいったのだ。
なんと素晴らしいタイミング。拓也は遠くはなれていても清香の心を見抜いているようだ。
清香は郵便物をもって部屋に戻ると手紙の封を切った。

    「清香様 お元気でしょうか?
    いつも激励の手紙ありがとう、今日も一通到着しました。
    昨夜は失礼、電話に出てあげることが出来なくて寂しい思いをさせてしまったね」

 清香はドキッとした。
一週間前の手紙の返事なのに、まるで昨夜の清香を見ていたような書き出しだった。

    お姉さんにお菓子作りを習ったとの事、ご苦労様でした。
    でもよく読んでみるとさやは殆ど見ているだけだったようだね
    結婚して作ってもらいたくても
    あなたが作ったものでは腹痛を起こすかもしれないね。
    お姉さんによく教えてもらってください。僕はそのお菓子が大好きだからね

    姪のヨッちゃんとも話が出来て嬉しかったな。
    花の女子高生と気軽に話すなんて事ないから、
    それとさや姉ちゃんは知らないかもしれないけど
    彼女に好きな人がいることもそっと打ち明けてくれたしね。
    そろそろ色気も出てきてスターじゃなくて本物を探す年頃になってきたんだね

    さやがヨッちゃんくらいの頃は
    とても突っ張って生きていたんじゃないかというような気がします。
    以前見せてもらった写真で思ったことなんだけどね。
    背伸びした女の子が写っていました。
    さやにもこういう時代があったんだなと思うと
    十代後半のころから付き合っていたような気がするのです。

    君の過去の一コマの中に君の顔があり、
    そして現在ぼくの前に君の顔がある。
    その、どのときを輪切りにしてみても
    確かにさや以外の誰でもないのです。
    同じように、君と同じ年齢のぼくが日本のどこかにいて生きていた。
    二人はどうして出会う運命にあったのでしょう。
    色々な人間に出会いそして別れて

    いま、ぼくの心境は早く二人の暮らしを始めたいことです。
    式を挙げるその間、最後の独身生活を満喫しようかな。
    これから一生付き合っていかなければならない二人にとって
    それまでの期間は若いがゆえにとても大切な時です。
    きみも親に別れ兄弟に別れなければならないのです。
    どうか、この短い時間を有効に使って
    今まで出来なかった色んな事をして欲しい。

    きっとさやを幸せにしてあげるから、
    苦労もさせるけどそれが幸せだと思ってください。
    君が夢に見ているような新婚生活には程遠いかもしれないけど
    いつもさやを愛している事を忘れないでいてください。拓也 」

 
 読み終えた清香の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
拓也の手紙には、清香への熱い思いと
これからの二人で生きていく上での約束事がいっぱいつまっている。
二人が家庭を持ち、家族ができてもなお、お互いを理解し愛し合えるように
しっかりとお互いの目標を立てていてくれているように思えた。
拓也こそ清香が子供のころから捜し求めていた
「あしながおじさん」である事をこの手紙でしっかりと確認する事が出来
昨夜裕子に聞いた話に憤慨し動揺して、
悲観的になっていた自分が恥ずかしいとおもった。。

 清香は、その後机の引き出しから白い便箋と封筒を取り出し、
封筒に「退社届け」と書き込んだ。そして
「結婚により今月いっぱいで退社いたします。」
と便箋に書き入れ、封を閉じた。
拓也に話せば「少し早過ぎるんじゃないか」といわれるかもしれないが
彼が言うように親や兄弟との短い時間を有効に使うために
今まで出来なかった事をしてあげるために
残された時間を使おうと決心していた。

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