続 愛の詩集

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■■〜二人の領分〜■■

二人だけの楽しい時間はあっという間に過ぎて最後の夜
事務所のソファーを合わせて作ったベッドで愛し合った後
拓也はしんみりと話し始めた。
「清香を幸せにしたい。それによって僕自身も幸せになりたい。
だから、この一年は
君を堂々と迎えに行くための修行だと思って頑張るつもりだ。
もしかすると寂しさに耐えられなくてさやが心変わりをするかもしれない。
そんなことを思うと怖くてたまらないけど、僕は君を信じたい。
無事に研修を終わらせて帰ってくるのを待っていてくれるって」
清香はこれまでとは違う、新しい会社でのカリキュラムを知らされ
それに自分がどう関って行くかを考えなければならない。

 「待ってるから頑張ってきて」
即座に答えられない自分をどうすることもできず
清香は拓也の胸に顔をうずめて泣いていた。そして一言
「ごめんね、今は何も考えたくない。
あなたを愛しすぎて、今でも簡単に合えないのがこんなにつらいのに
これから1年も離れ離れなんて、
それも簡単に会いにいけないところですもの・・・・
もう暫く時間を下さい」
そう哀願すると
「僕も同じ気持ちだよ。本当はさやをさらって連れて行きたい」
拓也もうめくようにそうつぶやくと清香の体を強く抱きしめた。

 翌日 飛行場やら牧場を眺め、島の西端まで散策したあと、
清香は拓也に見送られ思い出の島を後にした。
帰りのフェリーでは、船酔いをすることも無く、
海風に当たり、飛ぶ魚に驚嘆しながら快適な時間を過ごした。

 青く広い海を見ているとふっと脳裏にうかんできた。
「見送る方が帰る人よりつらいときがあります
君のいない残りの時間が
どれほど胸を締め付けることか・・・・・」

拓也と付き合い始めた頃、
見送らないでといった次の日に大学ノートに記された詩の一説だった。
記憶を手繰り寄せ次の言葉を思い出した。

「例え短い距離でも
二人だけの時間と空間から
送り出してやらなければならない・・・・・」

あのときの言葉は今まで見送られる側の自分の立場が
拓也の新しい旅立ちによって見送る側に変わるのだ
清香ははっとしてつぶやいた。

「今の二人には、ただ一言
『あなたを待っています』
というその言葉だけが愛の手がかり・・・・なのだから」

ライン

拓也の出発は明けて1月6日に決まった。
季節は秋から冬に変わり、冷たい北風が吹き始めた頃
清香は拓也の実家にも行き、両親には会うことはできなかったが
偶然にも拓也の一番下の弟に会い一緒に食事をした。
弟 裕也はまだ高校生3年生だったが、
二人の関係を知る一人として有力な味方になってくれそうな感じだった。
末っ子で下に兄弟が欲しいと思っていた清香にとっては
裕也の存在は嬉しかったし、とても心強かった。

 民宿に泊まり、夜は拓也の行きつけのスナックで会い、
昼間は島の周りをドライブした。狭い島のことである。
拓也が清香を連れて歩いた2日間は、いずれ両親の耳にも入っていくだろう。
大学を卒業したものの、父親に連れ戻されてその伝で就職し
これからやっと自分の意思で本格的に仕事を始める拓也は、
まだ両親に清香との結婚を持ち出すことはできずにいた。
その代わり、空港で働く母親には遠巻きに紹介し、
いずれ嫁になるとも知らず
息子が出張先で世話になったと聞き、
お礼に土産物を清香に渡す姿を黙って見ていた。

 清香のほうも、島から帰った後、拓也からたびたび電話が入るようになり、
母 君江もバイト先で世話になった人であることを知らされ、
それからは気軽に挨拶をし、
時には冗談を言うなどそれなりに親しく話せるようになっていたが、
まだ結婚の二文字は言い出せずにいたのだ。

  〜さや、君が帰ってまだ何日も経っていないのに
もう長いことあってないような気がするよ。
今日、手紙が届き、久しぶりに君の文字を見て何か安心した気持ちでいます。
友達とあっていろいろな話をしながらも
思い浮かぶのはさやの顔ばかり、その手や顔や体の感触がまだ残ってる。
僕らの限度は1週間だったね。早く会いたい。〜

  清香は休日の午後 拓也からの手紙を読み返している。
最後の一言を口に出さないでいるのは、
これから始まる遠距離恋愛に自由に行き来しあうためと
お互いを束縛しないため、それぞれの環境に波風を立てないため
二人は暗黙の中で了解し合っていた。

  〜最近僕は殆ど家にいます。
君と一緒でない外出はしたくないし、
だから、本を読んだり音楽を聴いたり
君とのこれからのことを考えています。
二人で築いていく生活には、君の親兄弟 そして
僕の両親にも納得してもらわなければならないし
すべてがお互いの信頼と協力なしでは先には進めない。
ふたりでなら、何をしていっても苦にならないし、
何があっても突き進んでいけると思うけど。
恋愛と結婚は違うからね。

 とにかく、まずは仕事を優先して君を堂々と迎えに行きたい。
満足に何もしてやれないかもしれない。
でも二人一緒にいられるだけでしあわせです。
いつか言ってくれたね、
そう、店を持つために昼と夜に働いている君にその理由をたずねたとき
「その気になったら何でもできる」
いま、さやのその言葉が僕の胸にどんどんつきささってきてる。
僕は君のためならどんなことでもできる。
だから僕を信じて待っていて欲しい。
そして、これからの人生を付いてきて欲しい、一緒に歩いて欲しい〜

 未知の世界へ飛び立っていく拓也への最高のプレゼントは
変わらない愛を恋人に送り続けることだと清香は思っていた。
自分も寂しくなくまた拓也にも元気を与えられるもの・・・・それは何?

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