続 愛の詩集

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■■〜悪夢〜■■

朝食を終えた君江は
後片付けは自分がするからとゆっくり立ち上がった。
「朝早くから張り切って、なんかいいことでもあったの?」
清香は母親の勘を不思議に思う。
いや、清香自身がわかりやすい性格なのかもしれない。
見ていないようで機嫌のいい時と
悪いときをしっかり把握しているようだ。
「まあね、」
適当に言葉を濁して部屋に引き上げようとしたとき。

 「わかっていると思うけど、
もし結婚でも考えている人がいるなら、
お兄ちゃんにちゃんと相談しなさいよ。
お父さん代わりなんだから」
清香はドキッとして一瞬、
君江の方を振り返ると何食わぬ顔で洗い物をしている。
胸をなでおろしながら部屋に入るとベッドに横たわった。
窓越しに見える空に白い雲が流れていくのを見ていると
秋も深まってきているのに心地よい風が吹いてくる。
薄グリーンのカーテンがゆれて
いつのまにかつらつらと眠りの中に入っていくのを感じた。

 夢なのだろうか。
拓也が兄の順一と二人で酒をくみかわしている。
いや、飲んでいる順一と向かい合っているだけなのか

「どういう出会い方をしたのか知らないが、
俺は清香の兄であって父親代わりだ。
いいかげんな男に嫁にやる気はない。
末っ子で甘えん坊なくせに妙に頑固で
これまで見合いはしないというから全部断ってきたが、
まさか海の向こうから見つけてくるとはな・・・・・」
拓也は黙って順一の愚痴にも似た言葉を聞いている。
「俺は見合いで結婚したが、恋愛の経験もある。
兄貴としてなら妹の恋愛に余計な口出しはしない。
でも俺は清香の父親代わりなんだよ
今のあんたに妹を任すわけには行かないんだ。
そこのところをよく考えて出直してくれ」

「おにいちゃん!おにいちゃん!」
清香は必死で呼びかけてみるが全く声が出ない。泣きながら
「私が好きなの。一生ついていける人を私が選んだのよ」
と叫んでみても、そこには清香の入る隙間は無いらしい。

「わかりました、今はあきらめます。」
何と言う事だろう。
拓也はあっさりと順一の言葉を受け入れたのだ。
「どうしたの拓也。何であきらめるの。
私を幸せにするって言ったじゃない。
愛してるって言ったじゃない。
私たちの世界を見つめていこうって言ったじゃない。」
気が狂ったように叫んでいた。
「拓也!」
飛び起きた清香の顔は涙でぐしょぐしょになっていた。

 1時間ほど眠っていたらしい 
外の穏やかな日差しは変わりなく、
ゆるやかに流れているのに夢の中の光景が
あまりにも生々しくて、胸の鼓動を抑える事が出来ずにいた。

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清香がこんな夢を見てしまった理由はわかっていた。
母、君江の思いがけない言葉もあったが、昨夜拓也が
会社をやめる前に出張先に遊びに来ないかと誘ったあと、
新しい仕事が始まって
どういう状況になってもついてくるかと
清香に確認した。しばらく話し込んだ後

「さやのお母さんに挨拶にいかないといけないな」
独り言のようにつぶやいたので、思わず
「別にそんな気を使わなくてもいいよ。
友達と旅行するって言うから」
といってしまった。そんな清香を拓也はさとすように
「今のぼくでは許してもらえないと思うから
まだお嬢さんを下さいなんていえないけど
これから先のためにも、
ぼく等がまじめに付き合っていることを
お母さんにだけはわかって貰ってた方がいいと思うんだ。
今のままじゃさやだって
ぼくと会うたびにお母さんに嘘をつくのは苦しいだろ」
とたしなめられた。
「そりゃそうだけど、家はちょっと難しい家庭環境だから
お母さんだけならいつでも会ってもらうけど
私に付き合ってる人がいることがわかれば
今までみたいに自由がきかなくなると思うの。」
と心配する清香に
「ぼく等の交際が遊びで終わらせられるならそれでもいいけど
そうじゃないだろう?ぼくが今の仕事を決めたのは
さやと一日も早く一緒に暮らしたいからだ。
きみだってずっとぼくのそばにいるって言っただろう。」
と言い、
「これからは正々堂々と二人で一つ一つを乗り越えていこう」
そういって受話器をおいたのだった。

 清香にとっては拓也の言葉の
ひとつひとつが嬉しくてたまらないのだが
不安だったのは亡き父親の連れ子であり、
父親代わりの長男順一存在だった。
一回り以上の年齢差のある清香を
うまれたときから面倒見てきたことが酒を飲んだ時の口癖で
それが可愛さあまってと言う事だとはわかっていながら
いつも小言に変わるのを聞くのにはうんざりしていた。
それを君江に愚痴ると必ず清香の方が怒られる。
君江に拓哉をあわすことで兄の耳にも確実に入るだろう。
自分の生んだ子供以上に大切に育ててきた一人息子であり
父親代わりとしての順一の働きを頼りにしているのだから。

 窓を開けたまま眠ってしまって 
秋風に体を冷やしてしまったのだろう。
寝汗をかいたあとの背筋がゾクゾクしている。
清香はシャワーを浴びるために着がえをもって部屋を出た。
「なるようになるさ、後で考えよう」

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