続 愛の詩集

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■■〜愛の形〜■■

清香は 拓哉との恋愛にこれまでとは違うものを感じている。
愛されている事はわかる。拓哉の言葉の節々から痛いほど伝わってくるし
その言葉で清香に自信が湧いてくる。
でも愛しているから毎日でも連絡してくる。会う機会を作る。
何処にでも連れて行き、なんでも買ってくれる。
というのが今までの恋愛で、清香はそういうことにいつか重さを感じ
兄弟の結婚生活を見ながら、恋愛中と結婚後の違いを思い知らされるような
疑いが生じてきて自分から別れ話を持ち出してきた。
 今考えれば 自分自身を奈落のそこに落としてしまい、
結婚に対する夢や希望までなくしてしまった彼(参照愛の詩集vol6.7.8)
との別れも、先を見越しての自分が仕向けた作戦だったのかもしれない。

 電話で話したあの夜から、連絡を待ちながら感慨にふけっていた。
合格通知が届いたあの夜、3日後には資料を受け取りに行くという拓哉に
「会えるの?」
ときくと、
「いや今回はとんぼ返りだからあえない。また連絡するよ。」
といったきり一週間たっても何の音沙汰も無いのだ。
 気になっても、声を聞きたいと思っても
親元にいる拓哉にはまだ電話もかけられずにいる清香だった。

 恋愛のスタイルには追いかける愛と
追いかけられる愛とがあるように思う。
「私たちはどうなのかしら?」
清香はふっとつぶやいた。
「拓哉は今何を考えてるんだろう」
なんでもなく毎日を過ごしながら頭の中は拓也の事でいっぱいで
何日もほっとかれる自分の存在が怖くなってくる。
「拓哉は寂しくないのかしら、
わたしの声が聞きたいと思わないのだろうか」
そんな気持ちを彼の書いた連絡帳のなかの愛の言葉で
慰めながら励ましながら日々を繰り返している。

 「さや 最近暗いよ。だいじょうぶ?」
同僚の咲が声をかけてきた。
咲は今月いっぱいで、寿退社をすることになっている。
「ああ、そうかな〜。ちょっと考え事してた。」
「彼から連絡ないの?」
「なぜ?」
「さやっさ、すごくわかりやすい性格してるの知ってる?」
長年連れ添った親友は顔色を見ただけで心の中が見えているようだ。
「まあね、それより咲の方は順調にいってるの?」
「はい、これ」
咲が手渡したものは結婚式の招待状だった。
「わ〜出来たんだ招待状。いよいよだね〜咲」
「やっとね、ここまでくるのに大変だったんだから。
さやも彼と結婚考えてるのなら覚悟しといたほうがいいよ。
それと、さやには友人代表のスピーチやってもらうから宜しくね」
咲はそういうと
「今からまた彼と打ち合わせなの。話し聞いてあげられなくてごめんね」
と、ウインクをして手をふりながら帰っていった。

 静まり返った社内に一人残された清香は 
親友、咲の幸せそうな笑顔を見おくりながら、
時間つぶしの残業をうけおい、寂しさを紛らわしている自分が
無償にかわいそうになり今にも泣きそうになっていた。

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残業の時間は7時までになっている。
そろそろ終わりに近づいたころ、上司の山本豊が戻ってきた。
「残業ご苦労様。終わりそうか?」
ニコニコ笑いながら声をかけてきたので
物思いにふけりながら作業していた清香ははっと我に返り
「ああ、もうこれで終わりです」
と慌てて返事をした。

「最近、元気が無いようだけど大丈夫か?
同期がどんどんいなくなるから寂しいだろう。」
そういいながら、自分のデスクの引き出しから缶コーヒーを取り出して
一缶を清香にとりにくるように促した。
「差し入れだ。冷えてないけど終わったら飲んでいけよ」

 清香の職場は女子社員が多い。
山本は若手の上司ということで社内でも人気があり、
こういう差し入れを溜め込んでいても不思議ではない。
色々噂があるのを聞いたりするが、それが本当かどうかなど
これまでの清香には関係の無い事だった。
清香は、後片付けを済ますと
「のどが渇いちゃったから遠慮なくいただきます。」
そういいながら、山本の机の所に缶コーヒーを取りに行った。

 「菓子パンもあるぞ。どうだ?」
清香の前に置くと
「ほら、そこのいすに座って。」
と、自分も菓子パンの袋を開いて食べ始めた。
勧められるままにいすを引き寄せ、デスクをはさんで山本の前に座ると 
「咲子くんも今月いっぱいで退社だな。君はまだ大丈夫そうか?
女子社員の多い会社は出入りが激しいからな〜」
と溜息交じりに話しはじめた。

 「もしかしたら君にもそういう話があるんじゃないか?
今まで見てきた君のイメージは元気はつらつだったのに
さっきは後姿が妙に寂しそうだったからちょっと気になって呼び止めたんだが。
こういう機会はめったに無いから気になる事があるなら話してみろよ」
清香は山本の一方的な物言いに少しためらっていたが
まだ、拓哉とは今すぐ結婚に進展していく状況ではないので
「私はマダマダそういう話はありませんからご心配なく
ここで当分稼がせてもらいますのでどうぞよろしく」
と、いつもの笑顔に冗談を混ぜてこたえた。

「そうか、なら良かった。余計な心配だった見たいだな」
山本は、屈託なく笑いながら
「でも、気をつけるよ。君みたいな女性が寂しそうにしてると
世の男は気になって声をかけたくなる。ぼくみたいにね」
 清香は内心ドキッとしながらいつもの調子で
「全く、何をおっしゃいますやら主任様。
わたしも人間ですから時には疲れるときも寂しくておよよと泣く時もございます」
おどけてみせた。
「はっはっははは やっといつものさやか君に戻ったな。
どうにも掴めない人だ。でも、もし相談したい事が出来たらいつでも声をかけてくれよ」
「はい、その暁にはじっくりとご相談申し上げますのでどうぞよろしく」

  清香は山本のコーヒーが空になったのを確認するとそれを受け取って
「それでは、お先に失礼します。気をかけていただいてありがとうございました。
コーヒー美味しかったです。」
 山本に一礼すると職場を後にした。
その後姿を、じっと見つめる視線を気にすることもなく。

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