続 愛の詩集

ライン

■■〜空虚〜■■

秋も中旬になると暖かいこの地域も風が冷たくなる。
会社のある市街地から清香の家までは車で30分の距離だ。
「こういう季節が一番人恋しいのよね〜」
社内から出た後洗面所で手を洗ったあと
暗くなった駐車場までの道をつぶやきながら歩いていると
後ろから足音が聞こえてきた。
街灯はついていても一人で歩いていると
小さな物音まで気になってくる。

 清香は素知らぬ顔で歩を進めるか
その足音を確認するかを少しの間迷っていたが
意を決してゆっくり振り返ると
「やぁ〜いっしょになったね」
今、別れたばかりの山本豊が大股で近づいてくる。
長身だから足も早いようだ。
清香はほっと胸をなでおろして
「おつかれさま。主任ももうお帰りですか?」
と、返事をした。
「君は?このまま自宅直行か?」
「はい、本当は習い事の日だったんだけど、
急に残業になっちゃったから今日はもうこのまま帰ります。」
「そうか、そういう用事があるときは残業を断ればいいんだよ」
「まあ、上司がそんな無責任なこといっていいんですか?」
清香が、驚いた顔をしてつっこみを入れると
「ハハハ、君なら許してあげようかと思ったのさ」
豊もまた冗談で返してきたので
「それはそれはありがとうございます。
それでは次からは主任に泣きついちゃいますね」
いたずらっぽく笑うと
「君のそういう笑顔はいいな〜。見ててほっとするよ」
と微笑んだ。

 駐車場に付くと、挨拶をして自分の車の方にあるいた。
先に車に乗り込んだ豊が清香の歩く方向を照らしてくれている。
「ありがとう」
という意味合いを込めて一礼し
「いってください」というジェスチャーで手を振ると
清香が車に乗り込むのを確認して駐車場を出ていった。
「ふ〜主任て結構、優しいんだ。」
ため息をつきながら、その後を追うように車を発進した。
前を走る豊の車は
左にウインカーを付けてまた会社の方へ入っていった。
門の前を通るとき、ふっとみると、
豊が車の横に立って手を振っているのが見えた。
小さくクラクションを鳴らした清香は
あそこに立っているのが拓也だったら、どんなに嬉しいだろう。
そう思いながら家路を走っていた。
そして、10日過ぎても連絡をしてこない拓也への恨めしさと
そういう人を選んだ自分をもてあまして悲しくなり
「拓也 逢いたいよ〜」
そうつぶやいていた。

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 まっすぐ家に帰るつもりで車を走らせていた清香だったが
このままではどうにも気持ちが落ち着かない。
時計を確認して習い事の教室に行くことにした。
急な残業で何時までかかるかわからなかったので、
一緒に通っている同僚の裕子に欠席を頼んでいたのだが。

 入社してすぐに始めた和裁の教室は夕方6時から9時までやっている。
清香は少しの間でも人のざわめきの中にいたいと思った。
3階建てのビルの1階に和室の部屋があり、そこが教室になっているのだ。
部屋に入り、指導中の先生に一礼して裕子の隣に座ると
 「あら、さやこれたの?」
驚いた顔をして小声でささやいた。
「うん、まだ時間があったから家に帰るのもったいないと思ってきちゃた。」
清香がそう答えると
「ねえ、終わってからお茶でも飲まない?」
裕子が誘ってきた。いつもは受身の裕子なのにと思いながら
「そうだね〜そうしようか。」
どこに行くかが決まるとそれぞれの作業に取り掛かり
周りのざわざわを聞きながら黙々と針を進めていった。

 清香と裕子は行きつけの喫茶店にそれぞれの車を駐車させると
セピア色に灯りを落とした店内にはいっていった。
心地よいBGMが流れ、ゆっくりくつろげる空間が気持ちを穏やかにする。
「さや、なんかあった? 最近おとなしくない?」
裕子はテーブルに置かれたお絞りで手を拭きながらたずねた。
「そう?夕方、咲にも言われたんだけど。
ああ、そういえばさっき山本主任にも言われちゃったんだ」
清香がメニューを見ながらそういって笑うと、
あきれたようにため息をついて
「やっぱりね、あんたってほんとわかりやすい人なんだから・・・」
ウエイトレスにピラフセットを2枚頼むと裕子は
「良かったら話してみない?もしかしたら好きな人いる?
思うようにならない人に恋しちゃってるとか・・・・」

 木村裕子とは同期入社だが清香より2歳年上で、いつもはこんな立ち入り方はしない。
自分の私生活も語らない分、相手にも要求してこないので気楽に付き合える存在なのだ。
清香は、そんな裕子を見て不思議そうに
「裕子ちゃんこそどうしたの?いつもと違うんじゃない?」
とききかえした。
「えっ?ああ、そうか、ごめんごめん。
最近、さやがあんまり憂鬱そうにしてたもんだから気になってたのよ。
話して楽になればと思っただけ。大丈夫ならいいの」
 清香は裕子の何気ない優しさに胸が詰まって胸が熱くなった。
「あらあら、どうしちゃったのよ」
「ごめん、なんかうれしくって。」
テーブルの横に置いてあるナプキンを取って目頭を押さえながら
「実は今、付き合ってる人がいるんだけど、
連絡が取れなくて不安材料が重なっちゃってたから。」
そういうと、ポツポツと拓也との出会いのいきさつから現在に至るまでを全て話した。

 「彼がその気でいるんだったら何も心配することないじゃない。
さやのために難しい就職試験受けて合格したんでしょう?
それにお母さんにも会いたいって向こうがいうんなら安心してればいいと思うよ
気楽にあわせたらいいんじゃない?」
「そうなんだけどね、ただ、彼はまだ今から新しい会社で働き始めるわけだし
それに、彼は今までとなんか勝手が違うから私自身が戸惑ってるの」
「どういうふうに?」
「普通、愛し合ってたら毎日でも声を聞きたいって思うじゃない?
彼は合格通知が来て面接に行った後ずっと音沙汰がないのよ。」
「じゃ、さやから連絡すればいいことじゃない。さやが彼の声を聞きたいんでしょう?」
「そうなんだけど、彼 退社届けを出してると思うから会社にきてないかもしれない」

 裕子はいつもは物事をはっきりさせなければ気がすまないタイプの清香が
今回の相手には妙に歯切れが悪いのをみて珍しく強い口調で言いきった。
「明日の休憩時間に会社に連絡入れて確認しなさい。
やめててもいいじゃない。実家に住んでるんでしょう?そっちの番号を聞けば」
人間はどうしようもなく迷ったときはこういうふうに
ドンと背中を押してもらうことで救われることがある。
「それにしてもさや、あなた、恋愛に対してすごく臆病になっているんじゃない?」

 清香は裕子の言葉にドキッとした。
その後に付き合った人のことを裕子にも話していなかったからだ。
食後に、2杯目をお変わりして冷たくなったコーヒーを一気に飲み干すと
意を決したように
「そうかもしれない。そうだね、明日こっちから連絡してみる。
ありがとう裕子ちゃん。なんかすっきりしたわ」
そういってガッツポーズをして見せた。
「よかった。やっと元気になったね。
この後、彼のことでもし私の手助けが必要なときは言って力になるから」
裕子はそういうとにっこり笑って小さなポシェットを手に取り立ち上がった。
「じゃ出ようか」
壁にかけられた時計を見ると11時をまわっていた。

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