続 愛の詩集

ライン

■■〜二人の世界〜■■

清香は土曜日の朝家を出た。
母君江には、同僚の裕子と2泊3日の旅行に行くといって出てきたのだ。
あの夜の拓也からの電話は、出張先の空港からだった。

清香が急いで部屋に入りベッドに落ち着いて電話をかけると
「もしもし、」
拓也ののんびりとした声が返ってきた。
あまりにも長くほっとかれたことに恨み言の一つも言ってやりたい気分だ。
「何してたの?嫁入り前の娘のご帰宅にはだいぶおそいんじゃないか?」
姿が見えているかのようにちゃかした言い方でからんでくる。
「今日は急な残業だったの。
そしたら帰るとき、上司に声かけられて最近、元気がないって心配してくれて
コーヒーとパンをいただいて。
そのあとまだ時間があったから習い事に行って、
終わってから友達と喫茶店にいって話し込んでたから遅くなっちゃったの」
とりあえず、さっきまでのことを話し終わると
「昨日までは早く帰ってきてずっと拓也からの電話を待っていたのに・・・・」
と、言い訳のような皮肉のような言い方で語尾を濁した。

「そうか、ごめん。あれからいろいろと忙しくて、昨日から最後の出張に来てるんだ」
「アア、やっぱり出張あったのね。いつまで?」
「一週間だから、来週の水曜日までかな。
ところでさや、土曜日からこっちに来れるか?
フェリーの定期便が市内から土曜日に出るのがある。2日おきに出てるんだ」
「えっ 土曜日?あさってじゃない。そんな急にいわれても・・・・」
さやかは言葉に詰まってしまった。
「これで最後だからどうしてもさやに見せてやりたいんだよ。
それにこれからのことも話し合いたいし、どうにか都合付けて欲しいんだ。」
「私も行きたいけど。フェリーが2日おきって事は、土曜日に行くと帰りはいつ?」
とききかえした。
「来た船がまた引き返すから月曜日の午後の船でかえることになる。
いまは海も落ち着いてるし、時化で船が出ないって事もない時期なんだ。」
いつになく強引な拓也の口調に押されて、
「わかった。明日の夜また連絡する。」
そう返事をして電話をきったのだ。

 市内から離島を結ぶ定期フェリーに乗っていく。
港から南へおよそ100kmの洋上に浮かぶ島で12平方キロメートル足らずで、
噴煙を上げる山麓の至る所から温泉が湧き出し、
周辺の海の色を変化させていて人口150人ほど。
食堂の類は居酒屋・個人商店・民宿などふくめて6軒くらいだという。
 小型のフェリーは海がないでいるにもかかわらず
船旅が初めてで、本来乗り物に酔いやすい体質の清香にとっては
海の上での4時間は拷問にちかいものがあった。

 アナウンスが流れ到着が近づいたときには荷物を持って甲板にでた。
拓也から聞いていたとおり、目の前に近づいてくる島の風景は
断崖絶壁。彼方には噴煙を上げる山岳が望め
なんともいえない異様な雰囲気を持った洋上の孤島だった。
「アア、やっとついた。」
帰りのことを考えるとぞっとしながらも
そのエメラルドグリーンの海と
その島の周りを硫黄が黄色く囲んで浮かんでいる風景には心が躍っていた。

ライン

 船客は季節がら、一人旅らしい若者が2,3人と
熟年の夫婦連れ、後は島の住民だろうか。
港が近づくにつれて出口付近に集まってきていた。
清香は目を凝らして拓也の姿を探しているがみつからない。
少し不安になりながらも
「とうとう来てしまった」
という思いで胸がつまり熱いものがこみ上げてきた。

 フェリー側からブイに向かってロープを投げると、
待っていた係りの船員がしっかりと結わえている。
港の入り口に白い車がはいってきた。だいぶスピードを出しているようだ。
もしやと思いながら見ていると、
案の定横付けされた車から出てきたのは拓也だった。
白いTシャツに紺のジャケットを引っ掛け、
ブルージーンズにキャップをかぶったいでたちは
アパートにいるころ一緒に釣りに行った時と同じだった。

「お〜い」
拓也はすぐに清香を見つけたらしくキャップを振り回している。
清香は黒のデニムのパンツをはき、目印になるようにとペアで買った
タータンチェックのメンシャツを着てきたのだ。

「よくきたね。家、大丈夫?」
清香が降りてくるのを待ちかねたように旅行かばんを受け取ると
満面の笑顔で聞いてきた。
「友達と旅行に行くからっていってきた。
行く場所は別々だけど彼女も旅行中なの」
清香も久しぶりに開放されて、
また拓也に会えた喜びでいっぱいいっぱいの笑顔で返した。
「ほら乗って、まず僕の仕事場に行こう。おなかすいてるかい?」
「大丈夫、船酔いで気持ちが悪くて、もう暫く風に当たっていた心境よ」

 拓也は清香の青ざめた顔を見ながらなるほどという顔をして
「じゃもう暫くここで待ってて」
「売店があるの?それなら一緒に行く」
と叫ぶと
「ないない、知り合いに飲み物と腹のたしになるものもらってくるよ。」
背中を向けたままそういうと、
手を振りながらチケット売り場のほうへ歩いていった。
清香は拓也の車に背を待たせて周りの風景を確認してみた。
断崖絶壁の下は芝で、背後は50mの海へと続く岩場になっている。
右手の向こうには湯煙らしいものが立ち上がり
ゆらゆら揺れているのが見えた。
左に目を向けると山道なのだろうか、ときおり
木々の隙間から走っている車や人の姿がみえていた。

 「どう、気分なおった?」
拓也が背後から声をかけたので驚いて振り返ると
段ボール箱を両手に持ち、その上に缶コーヒーを数本乗せて帰って来た。
ゆらゆらと今にも落ちそうで清香は急いで受け取りに行くと
「ほら、ここにいる間の二人分の食料だよ。」
拓也はうれしそうに清香に差しだして見せた。
「いつもこんな感じなの。とまるところとか食事をするところはないの?」
「あるよ。民宿も食堂も小さな店も。
いつもは食堂に行くけど今夜はさやと二人だけで過ごしたいんだ。
ああ、後で温泉に行こう。」
「温泉?」
清香がそういうと
「そう、露天風呂だぞ。
ここにきたらさやを連れて行きたかった第一ポイントだ。
ほら、あそこ」
と、拓也が指差したところはさっき清香が見ていた湯煙の立つ岩場だった。
「嘘でしょう、まさかあそこが温泉だなんて、
それに人が来たらどうするのよ。」
「ハハハ、その時は一緒に入るのさ。
缶ビールも持っていって海を見ながらの露天風呂。きもちいいぞ〜」
「いやよ、私 温泉嫌いだから。露天風呂なんてなおいや!」

 駄々をこねながら追いかける清香を面白がって、
冷やかしてみたり脅してみたり
だれもいなくなった港で拓也は飛び上がるような走りで逃げ回っている。
「さあ、もういこうか。車に乗って」
久しぶりの二人だけの世界に身も心も異常なほどに盛り上がっていた。

トップ

[PR]動画