茶々のヒューマンウオッチング

ライン

■■わたしの居場所 序章■■

猫

 陽だまりの縁側はとても気持ちがよくて、ここがいつもの私の居場所。そこには、マッサージ機が置いてある。
 一年前、道端で傷ついて死にそうになっていた私を、 この家のぼっちゃんが家に連れて来てくれた。
怪我もなおってこの家の一員として認められてから 誰かが帰ってくるまで
ここでまるくなって、ウトウトしているのが日課になっている。
家の人たちは私が寝ているときには使わないようにしているようだ。

 私の名前は茶々、黄土色に茶色の毛が混ざっているからそうつけられた。
家には三人の人間が暮らしている。ママと高校生のお姉ちゃん、 そして私を拾ってくれたぼっちゃんだ。
時々帰ってくるパパは私に興味がないようであまりかかわってはこないけど
わたし好みのいいにおいがしてかぶりつきたくなる。だからこっちも できるだけ近づかないようにしている。
それにパパが帰ってきた日は何となく家の空気が違う気がするから あまり家のなかをうろつかないことにしている。

 ママは朝一番に起きて、朝食の準備をしながら お譲ちゃんと坊ちゃんを起こす。
二人とも学校に行ってしばらくするとママもお仕事に出かけていくので
わたしはまた例の場所に行って一日ウトウトとして暮らすのだ。

 この一年、この家の人間たちをずっと観察してきた。
週に2、3回はよその人が来てママとお茶を飲みながら話をしている。
お譲ちゃんのところにも時々友達が来る。 これもまた、部屋の中から楽しそうな笑い声が聞こえてきて気分がいい。
問題は坊ちゃんだ。 あそぶ相手は私しかいないのか、寝ている私のそばにきてちょっかいを出す。
別にいやではないからされるままに甘えることにしているのは、 私のご主人さまは拾ってくれた坊ちゃんだからだ。
 実は坊ちゃんもかすかにパパと同じ匂いがするから、 時々かぶりついたりなめてあげると
うれしそうな顔で抱き上げて頬ずりをしてくれるのがうれしい。色々あるけど ここは私にとってとても居心地のいい家なのだ。

 金曜日の夜は、仕事から帰ってきたママが忙しそうに大掃除を始めるのだが
お譲ちゃんとぼっちゃんは二連休前の夜は、 のんびりとテレビゲームやパソコンで楽しんでいる。
ママは妙に楽しげで、いつもより優しくなっているようだが、それで
『さあ、そろそろパパ殿のご帰還かな?』
私はその様子をうかがいながら、土日のねぐらを求めて徘徊の旅に出るのだ。

 近所に老夫人が一人で住んでいる家があって、 私の休日の住処は、その家の縁側、
そこには専用のソファーが置いてあり私の匂いがしみついている。
私の姿が見えると、老婦人がうれしそうに食事を準備してくれるのだ。
その老婦人がママの母親であることは、数ヶ月前、 初めて外泊したときにわかった。

 週末に帰ってくるパパは家にいるときはテレビを見るか 寝てばかりいるのだが
釣りが趣味なのでほとんどそっちのほうに時間を使っていて 家にはほとんどいない。
なぜ私が休日に家を出るようになったかというと、 ある日、パパが釣ってきた魚に手をだしてしまったからだ。
つい出来心で悪さしてしまって、 それが原因で家の中におかしな空気が漂い、
わたしこっぴどく怒られるのを見ていた坊ちゃんが泣きながら その老婦人の家に連れていってくれた。

 「おばあちゃん、茶々と僕を今夜ここに泊めて」
「どうしたの?何で泣いてるの。」
「パパが茶々を捨てて来いって言うんだ。」
「あら、どうして?何かあったの?」
「釣ってきた魚を茶々が食べちゃって、パパがすごく怒って、 あんなパパ見たの初めてで、僕怖いから逃げてきた。」
「あらあら、そうだったの。いいわよ、茶々を預かっても。 でもね、あんたはちゃんと家に帰りなさいね今夜は。」
「なんで?僕は泊まったらいけないの?」
「そうだね〜今夜は帰ったほうがいいと思うけど、 おばあちゃんが家に電話してきいてみるよ。」

 二人の間でこういう話があって、おばあちゃんはママに電話をかけていた。
「どうしたらいいかしらねえ、パパはどんな様子?」
「そう、じゃ、やっぱりこの子はかえしたほうがいいわねえ」
「釣れなかったんじゃ、怒られても仕方ないわ」
そう言って笑っている。
「ホホホ、そう、しつけだっていってるの。 じゃ茶々はしばらくこっちで預かることにするわ」
そういいながら、老婦人はぼっちゃんに微笑んで見せた。

 私はというと、雨露をしのげればどこでもいいわけで、 その間にあちこち老婦人の家の中を物色して歩いてみた。
見つけたのが縁側の隅に置いてある一人用のソファーだった。
私はその夜、いろいろあってだいぶ疲れていたらしく、 坊ちゃんがのぞきにきて
頭をなぜてくれるのにちょっとだけ反応しただけで いつの間にかその夜はそのまま眠ってしまった。
翌日の夜、坊ちゃんが迎えにくるまで、 その時はおとなしく老婦人の家で過ごしたが
次の週からは、自分から行くようになって 家の中もまた元の落ち着きを取り戻したようだった。

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