愛の詩集

ライン

■■スタートライン■■

 岡田清香24歳 多少理屈屋の理想主義女性なり
身長体重は平均を保ち、美貌もまずまず若さゆえの十人並みであることを書いておこう。

 親友咲子にバイト宣言をした翌日の夕方、清香は港町にある居酒屋の前に立っていた。
張り切ってのぞんだわりに、いざ店の前に行くと足踏みをしてしまっていた。
 誰でも始めての場所は緊張するものだろう。
今の会社に入る前にも面接はいくらか体験しているしバイト先もほとんどが食べ物関係の客商売だった。
今回は働く時間が夜ということもあって少し気後れしているだけだろう。

「やるって決めたんだから入るっきゃないでしょう」
清香は自分に気合を入れながら木製の格子戸を開けた。中から威勢のいい男性の声が
「いらっしゃ〜いませ〜」
大きな目の板前さんがにこやかに清香のほうを見ている。
「すみません、洗い場の面接を受けに来たものなんですけど」
「ああ、聞いてますよ。ママに連絡するからそこにすわってまってて」
営業用から少し顔をかえた板前さんはカウンターの椅子を指差しながら奥に引っ込んでしまった。

 その間、清香は店内を見回していたのだが
そう広くもなくメチャクチャ急がしそうでもないように感じていた。
10人座れるカウンターと、間に通路があって畳の部屋が三つ。格子の壁で仕切ってある。
会社の接待とか商談などに使われそうな落ち着いた部屋になっている。
清香はこういう店に入るのは初めてなのでだいぶ興味深い。

 入り口の戸が開くと着物姿の美しい女性が入ってきた。
「待たしてごめんなさい。じゃ始めましょうか」と、清香のトナリの椅子に腰掛け
「まず履歴書確認させてもらいましょうか」といいながら品定めするような目で清香を見た。
雇われる側にとってはあまりいい感じではないが雇う側にとっては大事なこと
たとえ皿洗いでも給料を払うのだから相手の本質を見抜かなければならない。
清香はもともと人を真正面から見つめる癖がある。
『わっ、このママさんきれいな目してる』心の中におもった第一印象だった。
そういう思いを見抜いたのかママもふっと顔を柔らげながら
「あなたまだ若いのになぜ洗い場なの?お店に出てもらった方がバイト料も断然いいのに。」
「いえ、私お店には絶対出れません。ヒルも働いてますから。」
 清香はこのときとばかりに自分の状況と条件を全て話した。

ママはあきれた顔をして
「あなたねぇ、雇うのはこっちなのよ。そっちから先に条件言うのっておかしいんじゃない?」
「あっ、ごめんなさい。」あわててあやまると
「まっいいわ。私もはっきりした性格の人好きよ。条件はのみましょう。
その代わりこっちの約束もしっかり守ってね。お昼仕事してるからなんて言い訳しても聞かないわよ。
 カウンターの中でニヤニヤしている板前さんを見て、笑いながらいった。

「じゃ明日の6時から入ってください。従業員の紹介は明日ということにして・・・
上がりは11時でいいのね?じゃこれで終わります」
確認するように清香の顔を見て、
それから板前さんの方を向き履歴書を渡しながら
「安さん。後こまごまとしたことは任せますからお願いね。
それに目を通しておいてちょうだい」と言い店を出ていった

「板前の安原ですよろしく。明日からがんばって働いてください。」
安さんと呼ばれたその板前は年齢は30代、離婚暦1回の独身だと自己紹介をして
清香が明日から使うロッカーに案内し作業用のエプロンを出してくれた。
「履物は変えのものを持ってきて。そんな高いかかとじゃ仕事にならないから」とか
「服も客相手じゃないから多少汚れてもいい物にして」など注意事項をいただいた。

 店を出て家路をたどりながら、性格のはっきりした美人のママと
ちょっと神経質そうだが気の回る優しい兄貴のような感じの安さんとの出会いに
 清香はこれからの生活が楽しいものにかわって行くようなそんな希望を感じていた。

詩集3

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