愛の詩集

ライン

■■出会いの日■■

   小料理屋「和幸」に、今年24歳になる岡野清香が働き始めて1ヶ月が過ぎようとしていた。
昼間の仕事も夜のバイトも順調で、遊びの時間や習いものの日も休むことなく両立させながらの一カ月。
さほど疲れることもなく毎日が過ぎていく。
だんだん店の中の仕事にも余裕も出来て、店の雰囲気も明るかったので
暇なときなどはみんなで世間話などをして時間をつぶした。

 もともと元気がとりえの清香、顔も十人並みにあるようで、時々ママがため息を漏らしながら
「ああ〜もったいないな〜!
さやちゃんがその明るさと若さでお店に出てくれたら看板になるんだけど。どう出てみない?」
と口説いて来る。そのたびに
「だめですよ。私お金貯めなきゃなんないからお昼の仕事大事ですもの。」
「アラ!その気になったらこっちの方がお金はたまるわよ。」
などと冗談を言いながら笑っている。
 板前の安さんもお互い独身なのをいい事に最近はしきりに
「さやちゃん休みの日何してるの?今度おいしいもの食いに行かないか?」
などと誘いをかけてくるようになり、ホステスの3人に冷やかされていた。
 この3人のホステスさんたちもそれぞれの事情があるらしく人間関係でごたごたするときもあったが
清香には面白おかしく接してくれるのでおしゃべりできる日はとても楽しかった

 その夜は小雨模様
いつものように6時に店に入り、安さんのしこみの手伝いをしていると

〜ガラガラ〜
格子戸になっている扉が開いて紺色のジャケットを着た青年が入ってきた。
 「いらっしゃ〜い!今日は早いですねえ。」
安さんのおおきな声にびっくりして、清香はとっさにしゃがみこみ洗い場の方へ逃げ込んだ。
 「出張帰りですよ。直接アパートに帰れたから久しぶりにブラブラしようかなと思って」
「そういえば長いこと顔を見てないですねえ。どのくらいの出張でしたか?」
「ちょうど一ヶ月かな?な〜んにもないところに缶詰ですわ。」
青年はおしぼりで手をふきながら安さんと気安くしゃべっている。きっと常連さんなのだろう。

「あれ今日は僕が1番ですか?」
周りを見回しながらたずねている。
安さんはビールを青年のコップについで、モズクときゅうりの酢の物の突き出しを出した後
頼まれた料理を作り始めた。
 清香はまだ何もすることがないので、仕方なく二人の話に聞き耳を立てていると突然
「さやちゃ〜ん!ちょっとこれにラップをかけてくれよ。」
と安さんが声をかけてきた。
「あれ? 新しい人はいったんですか?」
青年がすかさずたずねている。
 「ちょうど平山さんと入れ替わりで入ってきたんですよ。事情があって店には出れないんですけどね」
「今夜はまだ客足も遅いし、雨降りじゃたいしたことないだろうから、
さやちゃんこっちに出て来いよ。平山さんはこっちの人じゃないから大丈夫だよ」

いつになく強引な安さんの呼び出しに困ってしまったが、
こっちの人ではないという言葉で腹を決めた」

 黙って後ろ向きに出て行くと
「ほらさやちゃんお客様に挨拶しないと」とちゃかすような言い方をして笑っている
「いらっしゃいませ」
ボールにラップを貼りながらチラッと平山さんと呼ばれる青年を見た。
「あ!まだ若いんだ〜」
と清香のすることを見つめている。
 ラップを切ってボールにかぶせたら、すぐにでも引っ込もうとしていると
なおさらあがっていっこうに切れない

 その姿を面白そうに見ていた平山は笑いながら
「へ〜!いまどきラップも切れない人がいるんだ」
と冷やかしてきた。

詩集4

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