愛の詩集

ライン

■■清香の追想■■

 一つの愛の終わりに、目の前が白くなって何も考えられなくなるときを初めて体験した。
そのつらさはもう二度と恋はしない、誰かを本気で愛しはしない
清香はその時から希望を失いしばらく絶望のふちをさまようことになる

半年前のあの夜、清華は1本の電話を待っていた。
受け取りたくない電話であり、受け取らねばならない電話だった。

 その夜、母は町内の寄り合いに出て家を留守にしていたので
清香はひとり落ち着かない時間をすごさなければならず、妙にその静けさに
電話のかかる音まで響いてくるような気がした

  プツッ・・・トルルルル・・・トルルルル・・・
「もしもし・・・・・アァ」
ゆっくりと受話器をとるとまっていたひとの声が聞こえてきた。
「今 生まれたよ」
「そう どっち?男の子?女の子?」
清香は勤めて明るく冷静に対応しようと受話器を握り締め、片方の手にこぶしをつくっていた

 「男の子だ。母子ともに順調。無事に生まれて元気に泣いてる」
彼は人事のようにたんたんと受話器の向こう側から状況をつたえている
彼もまた、清香と同じかけたくない電話でかけなければならない電話をしているのだ

 しばらくの間 無言でお互い次の言葉を捜しているのがわかる。
 清香は大きく深呼吸をし
「おめでとうございます。よかった。あなたの新しい人生のはじまりだね」
「さや!・・・」
彼が何かを言いかけようとするのをさえぎるように次の言葉をつないだ
「約束どおり今日でお別れだよ。沢山の思いでありがとうございました。」
「さや、ごめんな?君だけは幸せになってくれよ」
「あなたもね。ジャもう切るよ」
「ウン・・・」
 清香の胸はつぶれる寸前だった。これ以上はなせば彼の前で泣いてしまう
静かに受話器を下ろすと押入れのドアを開け布団のなかに顔をうずめて声を殺して泣いた。

 彼との付き合いは2年間続いた
誰にも言わず、誰にも知られず、会うときはいつも町から遠くで待ち合わせ
まだもっと遠い知り合いのいないところまで車を走らせた
 出会いのきっかけは清香が働いている会社の忘年会をかねた慰安旅行。

 その夜宴会が終わった後、ホテルの中のラウンジで気の合う同僚と一緒にはしゃいでいたが
「ごめん、私ちょっと気分悪いかも。先に部屋に帰るわ」
と、ひとり抜け出してロビーのソファに腰を下ろした。
しばらく休んだら部屋に帰るつもりで目をつぶっていると眠気がさしてきた
「大丈夫?お水もらってきてあげようか?」という声に目を開けると
知らない顔の男性が心配そうに清香を覗き込んでいた。
「にぎやかなお嬢さんたちだなと思って見ていたんだけど
急に君が一人で出て行ったから気になって見に来たんだよ。どうなの?」
 清香はあわてて立ち上がろうとしたが足がふらついてまたた座り込んでしまい
「ごめんなさい、大丈夫ですから行ってください」とさしのべられた手を振り解いた。
「危ないなあ。しばらくじっとしていた方がいいと思うけど、部屋まで送っていこうか?」

場所が場所だけにまた思うように言葉も返せず動くこともできないとなると
ヘタに優しくされると怖くなってくるものだ。それに一向に離れようとしない男性にいらいらしてきた
「ごめんさい。もしね軟派してるつもりなら私はそういうことには乗りませんからそれにもう大丈夫です」
「あれ?誤解だよ。そんな風にとったの?」
彼はちょと不満そうな顔をしたがすぐ笑い顔に戻って
「でも まぁいいか。急に知らない男に声かけられたら警戒されても仕方ないよね
じゃあ大丈夫ということにして僕は店にもどるよ。お友達に来てもらうように言おうか?」
「いえ、結構です。ありがとう」
清香は立ち上がって歩き始めたが、後姿を追われてるような気がして部屋にいそいだ

 部屋のちかくまで来て吐き気を催してきたので急いでトイレに駆け込んだがその後どうしたのか
朝、目がさめたときにはちゃんと自分に布団に寝ていた。(清香の追想 2へ続く

詩集7

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