愛の詩集

ライン

■■心のままに■■

岡野清香は今夜始めて長い時間を一緒にすごした平山拓哉に対して
「よく気の回る人だな」
彼の言葉やちょっとした振る舞いに感じていた。

 清香は拓哉と並んで歩きながら思い出される映像を打ち消すために異常にはしゃいで見せた
通り過ぎる酔っ払いに
「イヨ〜仲いいね〜。早く返してやんなヨ〜おにいちゃん」とか
「いいね〜今からどこにいくの〜?」
とかの冷やかしにおちゃらけながら歩く清香を拓哉が心配そうに尋ねる。
「どうしたの?だいぶまわってきたんじゃないか?」

「大丈夫だよ。サービス、サービス
はしゃぎすぎておなかすいちゃった。早くおでん食べに行きましょ」
と拓哉の背中をおすとためらうように
「君はイメージと行動が違いすぎてどういう人なのかわからなくなるよ」とつぶやいた。
「まっ、少しはね、酔った勢いが入ってると思うけど。ほとんどそのまんまの私だから
もしかして平さんイメージダウンしちゃったかな?」
清香は笑いながら拓哉の顔を覗き込んだ。
「いやダウンじゃなくてアップしてるから困ってるんだよ。
店でのさやちゃんはほとんどしゃべらないからな
「アハハハ・・女の子ってわかんないよ。猫かぶってるから」

 おでんの屋台についた。
もう客もいなくて、店仕舞いをしようとしていた主人に
「おじさん、もう少し頼むわ。腹へってこのままじゃ眠れそうにないんだ」
「ああ、いいよ。好きなもの見繕って食べていきな。一人寝にに腹ペコじゃたまんないだろ」
気のいいおじさんが冗談を言いながら皿と箸を出してくれてる。
「ところがさ、今夜は一人じゃないんだよ。お皿もう一つ追加。それとビール」
拓哉も調子よく答えながら清香に手まねきをした。
「この娘はさやちゃん。近くの店で働いてるんだ。」
ここの看板娘の話をしたら見たいって言うからつれてきた」
「平さん人の娘をだしに使ったらいけないよ。
さあ、あんたも好きなものとって食べなよ。ビールも飲むかい?」
主人は笑いながら清香に声をかけてきた。
 よほど親しい間柄なのだろうか。夜中の2時過ぎにほのぼのとしたものを感じながら
「おじさんありがとう。もう看板じゃないんですか?」
 拓哉が取ってくれたいくつかのおでんとビールを前にして聞いてみた。
「平さんはここのすぐ近くのアパートに住んでてほとんど毎晩寄ってくれるんだよ。
家族みたいなもんだからな。
こっちも好きなようにするからそっちも気にしないで食べてくれたらいいよ」
道具をしまい込みながら後姿のままで応えてくれた

 「ところで今夜は一人かい?」
清香の顔をチラッと見ながら拓哉が尋ねると
「平ちゃん、娘ってはつまらないもんだぜ。
親一人娘一人でも彼氏ができたらそっちの方へ入りびたりだ。もうこないよここには」
おじさんは寂しそうな顔をしながら二人を見てため息をついている
「え〜っ、じゃとうとう許したのかい。二人の結婚。」
拓哉が身を乗り出した
「まぁな、俺が一人いつまでも反対してみても行き着く先はそこしかないだろ。
もうできちまってるんだよ。赤ん坊が」
「そうか、いよいよおじいちゃんになるのか。
どうりでおじさんの顔がやけに柔らかいと思ったよ。」
でもよかったな。これで俺もあやちゃんの泣き言から開放される。」
と笑いながら清香のコップにビールをつぎ
「それじゃ、まずはめでたしの乾杯だ。おじさんもほら」
とビンを傾けた。
 清香は聞いていた事情と違う二人の話に耳を傾けながら
平山拓哉という人間の優しさや暖かさに少しづつ引かれていく。

 「彼とであってそろそろ3ヶ月になるんだ。」
清香はふっと拓哉を一人の男性としてみている自分を感じた。
今夜、長い時間いろんな話をし、また第三者との会話から拓哉の人柄を垣間見ることが出来て
あのつらい別れのときから一人で生きていこうと決めて張り詰めていた心に
久しぶりの安らぎを感じ、またある部分でわが身の高ぶりを押さえていた。
 その思いは となりで笑いながら店の主人との話に
耳を傾けている清香を見ていた拓哉もまた同じ、いや男としてそれ以上に熱いものを感じていた。
それはこのあとお互いの心のままに時が流れ同じ波間を漂わせてくれることになる。

詩集10

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