愛の詩集

ライン

■■愛の詩集■■

 夜中の3時を目の前にして気のいいおでん屋のおじさんも眠気がさしてきたらしく
「こりゃもう付き合いきれねえ。おふたりさんももうかえんな」
とおでんに蓋をして二人の目の前の皿とコップを取り上げた。
「アア、おじさんありがとう。これでゆっくり眠れるわ」
拓哉はポケットから紙幣を出して台の上におくと長いすをまたいで外に出た
 清香も同時に椅子を立ち
「遅くまでごめんなさい。おじさんのおでんとってもおいしいかった。ありがとう」
と挨拶をして拓哉の後に続いた

 店を出ると、二人は無言のまま歩き始めていた。
お互いの心の中に、同じ炎が燃え上がっているのを感じることができて自然に指が絡まっていく。
 本通りから脇道にそれると、周りは急に暗くなりその向こうに二階建てのアパートの明かりが見えた
拓哉が静かに清香の肩に腕を回しぐっとひきよせると清香もまたされるに任せ拓哉の腰に手を回していた。

 今日初めて、思いがけなく数時間をともに過ごしここにこうしていることに
清香自身戸惑いを感じていないわけではなかったが、なぜだろう
 このまま別れてしまえば次はないような気持ちをお互いの中に感じてただ無言のまま体を寄せ合い
目の前に迫るアパートへと足を進めているのだ。男と女の本能なのか、惹かれあう糸の奇跡なのか

 拓哉の部屋は2階の端にあり階段を上がるとすぐドアがあった。
少しの間も離れるのを惜しむように片手でポケットから鍵を取り出し鍵を開けると
狭い入り口をむきあう合うようにして部屋に入り二人はそのまま初めてのキスをした

 目覚めた時、清香の頭のしたには太くて温かい拓哉の腕があった。
「おはよう」というと優しい声で
「おはよう、大丈夫?」と応えてくれる
けだるさの中に暖かくのどかなひと時をまた楽しんでいると
「やっぱりだめだ〜。もうぎりぎり、時間いっぱいだよさや。今日出勤なんだ」
辛そうに拓哉がほえた。
「あら、大変、おきなきゃ」
とあわてて離れようとする清香をもう一度抱きしめて拓哉は威勢良く立ち上がり洗面所へと向かっていった

 出て行く拓哉を笑いながら見おくった清香は部屋の掃除をして部屋を出た。
鍵は約束の場所に隠し家に帰り着くともう母はいなくて、テーブルの上にメモがおいてあった。
(兄ちゃんと田んぼに行きます。あんたの身勝手は誰にも言わないけど母さんにだけは連絡してくれないとね)
 朝から家にいない妹の素行をおこっている兄をなだめ、清香の都合のいいようにかばってくれただろう母のことを思うと
つい今しがたまで雲の上を飛び歩いているような甘く幸せな感覚はハッと現実に引き戻され
「私はなんて浅はかだったんだろう」という不安と後悔が忍び寄ってきた。
体を重ね温かい二の腕にくるまれ、情熱の限りを求め合い穏やかな眠りのときを共有しあったこと
 見送るときに
「いいな〜この感じ。今日も頑張るぞって気になる」
とまた優しいキスをかわした二人に未来は確実に存在していた。
でも一人、現実の世界に戻るとそれが夢の中の出来事で次に彼にあったとき本当につながっているのだろうか
「あの夜は間違いだった」
「夢でも見たんじゃない」
もしそういうことになったらどうしよう。
 清香は人を好きになること信じることに臆病になっていた。

 悶々とした休日を過ごした次の日の夜、板前の安さんから渡された拓哉からの封書
その中にあったのは・・・・・・・
                さやへ

           愛しすぎるのは怖いこと
           愛しすぎるのは寂しいこと
           なぜって
           ひとりで過ごす時間が長いから
           逢えぬ日々がつらいから
           失ったときの悲しみが
           大きすぎるから

           朝、目を覚ますと
           昨夜までの出来事が
           夢だったのではと思います
           そして今朝からが本当で
           昨日までは嘘の世界だと
           だけど
           僕の部屋に残る君の移り香が
           今日も幸せなんだと語っています

 ゴメンネ、急に1週間の出張にになりました。たった一晩だけでおいていってしまうけど
君が好きだ。連絡先も教えずに身勝手だと思うけどまっててほしい。土曜日の夜必ずそこに行くから

詩集11

[PR]動画