愛の詩集

ライン

■■それぞれの思い■■

 いよいよその日が来てしまった。
いつもより早めに目を覚ました清香が、久しぶりに台所に立ち朝食の支度をしていると洗濯物を干してきた母君江はびっくりして
「何あんたどうしたの?まだ起きる時間じゃないでしょう。もしかして夕べ寝てないんじゃない?」
「何にもないわよ。きっと疲れすぎて神経が過敏になってるんだわ。今日はもう土曜日だし」
母親の勘というのは鋭いものが合って時々驚かされる。

 清香の隣に立って手を洗いながら
「なに考えてるかしらないけど、朝8時前に家を出て夜中にならないと帰れないような生活は長続きしないよ。
最近のあんた見てるとかあさん心配でたまらないよ。何か問題抱えてるんじゃないの?」
とここぞとばかりに突っ込んできた。
「なんにもないって、要らない心配しなくていいから。さあ、これもっていって」
焼き魚の皿を二つ渡しながらニコッと笑って見せると
そうかい、それならいいんだけど。
やっぱりね、ただでもあんたは末っ子で甘やかしてるってもう少しちゃんとさせろって
兄ちゃんたちに言われてるからそこのところはちゃんとしといてよ」
 いつもの言葉だ。最後には兄ちゃんたちになる。清香はこの言葉が嫌で嫌でたまらない。

「ハイ、分かりました。なにがあっても誰にも迷惑はおかけいたしませんよ。いただきま〜す」
食卓の前に座って朝食をとりながら冗談まじりにちゃかすと
「あんたはもうどこまでが本気でどこまでが冗談かわからない子なんだから。」
清香はまた長い母親の身の上話しが始まりそうなので早々と食事を食べ終えて出勤の支度を始めた。

 「ああ、母さん今日は約束があるからもしかしたら帰ってこないかも」
化粧をしながら君江に話かけ、何かいいたそうにしているのを振り切って外に飛び出し車に乗り込んだ。
君江は苦労人である。病弱の夫と5人の子供を一人で支えてきた苦労話も始まれば止め処がない。
「ゴメンネ、母さん」清香は独り言をつぶやきながら胸の中にある期待と不安にどきどきしていた。

 長い1日が過ぎ、6時に店に入ってからもなんともそわそわして落ち着かない。
「さやちゃん、やっぱり今夜はもう平さんはこないようだねえ。」
11時前になって板前の安さんが声をかけてきた。
「本当だ。もうこんな時間になってるわ。今夜は忙しくて時計を見る間もなかったね」
と清香が言うと
「そうか客が多かったから平さん他の店にいっちゃったかな?」
安さんは妙に安心したような顔で清香のそばにやってきて
ズボンのポケットから可愛くリボンをかけられた細長い箱を取り出した。

「誕生日おめでとう。25歳だね」
「エッ、何で知ってるんですか?」
「役得だよ。履歴書見せてもらったからね。たいしたもんじゃないけど使ってよ」
「ウワ〜どうしよう。マサカ安さんにプレゼントもらえるなんて思ってもいなかったわ」
清香は内心ためらいながら、どうしたら良いもんかとっさのことで動揺していた。
「どうだい、誕生日のお祝いになんか作ってやろうか。店のみんなで誕生会してやるよ」
 安さんは清香の動揺を知ってかしらずかプレゼントを渡せたことに満足している。 

 拓哉が来なかったことは1週間前のメモをみてくれたからだと思おうとしていたので
仕事が終わったらすぐアパートに行くつもりでいたのだ。
「いや〜ごめんなさい。今夜は約束があって早く帰らないといけないの。
それにどうしよう、安さんのプレゼントもらっていいもんかかどうか。困っちゃったよ」
 清香が誕生会を断ると
「仕方ない。突然だもんな。もっと早くに言いたかったけど平さんの手紙が気になってて言い出せなったんだよ」
「せっかくなのにごめんなさいね。気持ちだけ頂きますありがとう安さん」
と言いながらプレゼントを返そうとすると
「ああ、それはさやちゃんのことを思いながら買ってきた物だからもらってくれよ」
差し出された箱をまた清香のほうに戻して
「じゃあ、また今度改めて誕生会をすると言うことで今日はおつかれさま」
笑いながらまた自分の場所に帰って行った。

 思いもしない出来事だった。
安さんの目を意識していないわけではなかった。
いろんな面でかばってくれているのも分かっていたし、
時々タバコをふかしながら清香の仕事振りを面白そうにみているときもあった。
できるだけ視線があわないようにしていたが好意を持っていてくれることは感じていたのだ。
でも、今の清香には拓哉が帰ってきているかどうか、メモを見てくれたかを確認しに行くのが先決
「じゃあ、おさきに、おつかれ様でした〜」
明日は日曜日でお店も休みなのでエプロンを小さくたたみながら店を出て行った。
清香の胸はドキドキと、先週のあの夜の鼓動よりまだもっと早く脈うっていた。

次のページ

[PR]動画