愛の詩集

ライン

■■一人ぼっちの誕生日■■

 清香は本来誰とでも仲良くなれる。物怖じしないというより出会いのときの沈黙が嫌いだからまず自分が口火を切って話し始める。
そうすると回りもだんだんうち解けてきてそこは談笑のうずになる。
 そんな清香だから時には誤解を招くことも多く、お調子者のイメージとリーダー的イメージが相手によっての感想になるらしい。
「黙ってたらいいのに」という人もいれば 
「ひとりでいるときのさやはとっつきにくいよ」ともいわれ 
「いっつも笑ってるんだね。怒ることってあるの?」という後輩もいる。
 
 今夜の清香は拓哉のアパートに行った事で素直にその喜びを表現してくれたことに,
普通ならそのまま一緒に楽しい時を過ごせただろうになぜか、
そうすることが自分の価値を落としてしまうような気がして逃げてきてしまった。
軽い女に見られたくない、拓哉には・・・・

 なりゆきで肉体的な関係が先になってしまったことにある種の不安を感じて素直になれない自分がいた。
「あれから拓哉はどうしただろう。あんなにあっさりと聞き入れてくれたけど」
気になる思いを消したくて
「男なんてきっと自分のものになったら後はどうでもいいって考えてるのよ。」 親友の咲にいった言葉と、
「お店のお客様とはお付き合いはしない」と決めていた清香自身の信念を久しぶりに思い出し、
「これでよかったのよ。」と気持ちを切り換えることが出来た。

 「ただいま〜」家に入ると
「あら、あんた今夜は帰ってこないんじゃなかったの?」
「今夜は友達が誕生祝をしてくれるから帰らないかも」 出掛けに清香はそんな断りを入れていた。
 母はまだ起きていたらしく奥の部屋から出てきた。
「予定変更よ。明日行くわ」というと嬉しそうに
「そうよねえ〜誕生日に親を忘れるなんてそんな親不孝なことってないわよね〜」
と祝い用ののし袋を手渡してくれた。母親らしい誕生日のプレゼントである。

 清香と母とは年齢の差が開きすぎていて
「好きなものを買いなさい。あんたの好みはわからないから」というそういう母なりの配慮なのだ。
清香は改めて、今夜自分がとった行動が正解だったことを思い知らされ、胸の奥にぐっと来るものを感じた。

「母さんありがとう。自分勝手な娘でゴメンネ。じゃ、お祝いの乾杯でもしようか」と冷蔵庫からビールとコップを持って来ると
「お祝いだからね、私はちょっとでいいよ。お腹すいてるんじゃない?散らし寿司が作ってあるからそれを食べながら飲んだらいいよ」
 母はお酒の飲めない人である。
酒好きの父親を理解できなかったのはそのせいだと亡くなってしまってから言うようになった。
母親の愛情は時として奇跡を引き起こすのだろうか・・・・・
清香はこの母親の慈愛を今夜いっそう強く感じていた。
 この母親を悲しませることは絶対にしない。という事をこの日を機会に心に誓い、
これからどうなるかわからない拓哉との関係を慎重に考えていこうと思っていた。 

 遅い入浴を済ませるともう2時を過ぎていた。
心身ともにすっきりした清香だったが、ひとりになると、
板前の安さんにもらったプレゼントに簡単に受け入れることのできない重みを感じて、
その細長い箱を蛍光灯にすかしてみたりしていた。
やっぱり、これは開けたらいけない」と思い直し
そのままバックの中にしまいこんだ。
 清香の25歳の誕生日に起きた出来事は、これまでのいろんな体験や価値観を何者かにすべて白紙に戻され
新たなるスタート台に立たされているように感じられた。
 
      明日のことは誰もわからない
      朝 目が覚めて
      そのときの私が本当のわたしの心
      もう何も考えない

 清香は日記帳にそれだけを書き付けて静かな眠りについた。

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