愛の詩集

ライン

■■愛されること 愛すること■■

 朝 目覚めるともう10時を過ぎていた。休日は母も気を利かせて清香が起きてくるまで何も言わない。
「いや〜もうこんな時間!」
清香は急いで顔を洗い出かける準備を始めた。
「何をそんなにあわててるの?まだ10時じゃない。どこか行くのかい?」
外から帰ってきた母がお茶の準備をしながら言うと
「ちょっと約束が・・ああ、母さんお茶はいらないから」と横目で見ながら清香が答えた。

「あんたね〜ちょっと落ち着いてここに座りなさいよ」
娘の態度にカチンと来たらしく急須からお茶をそそぎながら母がしゃべりはじめた。
話し始めると日頃の不満がどんどん出てくるのがわかってる清香はお茶一杯を付き合うことにした。
「いい加減にしないと体を壊してからじゃどうにもならないんだからね。
何を考えてるんだか、最近のあんたはぜんぜんわからないよ」
 案の定これからくどくどと小言が始まるらしい。いつものことだ。そういつものこと・・・
この後に兄や姉のこと、ご近所の噂へと繋がっていくのだ。清香は嫌だった。
親 兄弟まではまだいい。親戚にいたるまでの昔話になると必ず母の言葉の中に
「何であんただけほかの子と違うんだろうねえ。好き勝手なことばかりでこの先どうするんだか」
とため息をつく。母は責任感の強い方で几帳面な性格なので清香のそのとき任せの性格が気に入らないらしい。

 清香が多少無理してでも自立したい。と思い始めたのはそういう言葉を聞きたくない。
誰かと比べられたくないという気持ちが強かった。
 親の心子知らず、子の心親知らず。今の二人にはそういう言葉がぴったり当てはまっているようだ。
「ゴメン、夕べ言ったでしょう。出かけるって。またゆっくり話し聞くから。」
 お茶を飲み終えると、早々に立ち上がり家を出て行った。

 まっすぐアパートに向かうと駐車場には拓哉の車があった。
「ああ、いるんだ」
待ってるといったのだからいて当たり前なのだが、どうにも素直に踏み込めない清香がいた。
 時が過ぎて少しづつ冷静になっていくとそのときの感情が薄れていく。そんな清香の今日のいでたちは
いつものGーパン姿ではなく、パープルブルーのTシャツに黒地に花柄の長めのスカート。化粧もいつもより念入りにした。
知らず知らずに思いと行動のバランスがくずれているのを知らずにいる。
 
 車から降りて階段を上がると拓哉の部屋のドアに張り紙があった。
「さやちゃんへ 近くの岩場に釣りに行きます。中に入って待っててください。拓哉」
「わっ!無用心」
この近くにある釣りのできる岩場は清香にもわかる。中に入って帰りを待つべきかその岩場へ行ってみるか。
このまま帰ってしまっても拓哉にはわからないだろう。店に来て何か聞かれたらと考えても
「急な用事がはいっていけなかったのよ」
となんでもないように言えばそれですむ事だろう。清香には拓哉が部屋にいなかったことで気もちが楽になった。
 思うほどに思われてはいない。ひとりよがりに待たせていると思い来てみたけど拓哉は待ってはいなかったのだ。

 ドアの張り紙を見つめながら迷っていると
『ガチャ』
隣の住人が出てくる気配がしたので清香は思わず張り紙をはずして部屋の中に入り込んでしまった。
「まっ、いいか。中で待っとくようにって書いてあるんだから」
持ち前の開き直りがこれまでの迷いを吹き飛ばして、そのまま部屋にあがりこむと開け放されたベランダの方へ向かっていた。
出かける前に干して行ったのだろう布団と洗濯物が陽射しの中でかがやいている。
何をすることもないので部屋の中を見回してみる。
3畳ほどのキッチンと4畳半の居間があり、今清香が立っている部屋は6畳。家財道具らしいものはなく
隅のダンボールの箱の中に洗濯物が几帳面にたたみこまれている。
壁には見覚えのある千鳥格子のブレザーと紺色系のスーツが2着。その横に航空会社専用のカッターシャツが2枚かかっていて
長期の出張でここに来たという拓哉の寝泊りするだけの殺風景な部屋である。

 居間のほうにコタツ兼用のテーブルがあり、飲み残しのコーヒーカップと便箋が置いてあった。
テーブルの前に座ってふっとその便箋を見ると文字が書き込まれている。

さやへ
おはよう!いや、こんにちはかな?
来るか来ないかわからない人を待つつらさを
君にわかってもらえるだろうか。
僕の心は1週間前のあの夜からずっと君を見てるのに
昨夜の君はそうではなかった。
悶々として時を過ごすより
  好きな釣りでこの不安な気持ちを沈めようとおもう。

昼には帰ってきます
君が来ていたら一緒に釣った魚で祝杯をあげよう。
君の25歳の誕生日と僕の願いが叶ったことに
もし来ていなければ
今日の収穫でひとり酒を飲みながら君を偲ぶことだろう

          見送る方が帰る人よりつらいときがあります
          君のいない残りの時間が
          どれほど胸を締め付けることか
          例え短い距離でも
          二人だけの時間と空間から
          送り出してやらなければならない
          手を振る君に、そっと手を上げて
          テールランプが闇に消える
      
          『明日また来ます』
          というその言葉だけが愛の手がかり・・・・・・

 清香は感動していた。
拓哉の純粋で素直な気持ちが綴られた文章に、なんともいえない自分の心の狭さ汚さを感じ
昨夜の独りよがりな行動といいわけと素直になれなかった自分を悲しく思った。
そして、改めて拓哉なら清香の心の奥底に巣くっている
わけのわからない苦悩の闇の扉を開いてくれるような気がしていた。

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