愛の詩集

ライン

■■赤い糸の絆■■

 縁というものは不思議なものである。
親子の縁 母の縁 父の縁。兄弟の縁。友人の縁。。仕事の縁。そして男と女の縁。
特に同姓である母親との縁はわがままも感謝も一瞬一瞬に切り替え自分の都合のいいように解釈していく。
しかし父親となると そこには夫婦の縁その根本にある男と女の縁が絡まってくるからか子供としては思うように
自分の気持ちを伝えられず距離を置いた関係になってしまうようだ。母親を通してしまうとそこでストップしてしまう。
いや母親より父親の方が話しやすいという友人もいる。こういう考えは、育った環境から来るものかもしれないが、
頑とした父親像を知らない清香にとって恋愛への恐怖や猜疑心はそういう環境から来ているように思う。
良縁と悪縁、育った環境に争いや不安の方がおおく、和やかな団欒の風景や家族のにぎやかな笑いに縁が薄いと
他人の優しい言葉や思いやりさえ受け入れるのを拒否してしまう。思春期のそういう環境は純粋なだけに一層
一人の人間の内面に見えない壁を作っていくのだろう。

 新たに恋愛を始めようとする時、どうしても誰か第三者に状況を伝え進む路をアドバイスしてほしくなる。
ところが清香はここ数年自分の恋愛話を人に相談できずに来た。その癖はまだ消えずにいるので、お互いに独身で
何も隠す必要のない交際なのに親友の咲にさえもまだ一言も相談できずにいた。

 拓哉のアパートから咲の家は歩いても15分ほどのところにある。
書置きを見て腹を決めたはずなのに道の分岐点に立ち止まり、まっすぐ行くか左に折れるか。
ここにきてもまだわけのわからない迷いを繰り返している優柔不断な清香だった。
愛にはいつか破壊が訪れる。夢中になりすぎたら壊れるときが辛い。どうしても恋愛に臆病になってしまう自分にいらだつ。
どうすることもできない。拓哉の言葉を信じることがすべてのはずなのに・・・・
「ああ、素直に慣れたら今日はどんなに楽しい1日になることだろう」
清香は思う。そう思いながら
「咲はなんていうだろう。お見合いをしてしきたりどうおりにその日までを計画している彼女には、
きっと私のいまの状況は理解出来ないだろうな」
ふ〜っとため息をつきながらそのまま真っ直ぐに一足一足を岩場のほうへ近ずいていく清香だった。

 岩場に入る前に広場があり何台かの車が止めてあった。そこにもまた最後の分岐点がある。
広場の真ん中に立ち止まりぼ〜っとしていると、岩場からでてくる人影があった。
近眼の清香には顔までは見えない。日よけの付いたキャップを深々とかぶり、モスグリーンのTシャツにジーンズ姿の男性が
釣竿とブルーのクーラーを肩にかけて清香のほうへちかずいてくる。清香はそのまま立ち尽くしていた。
 はじめてみる普段着の拓哉は妙に幼くて眩しい感じがしてどう対処していいかわからず鼓動が高鳴っている。
それはきっと拓哉のほうも同じ気持ちなのだろう。例のはにかんだような顔で目を細めながら清香に近ずき
「やあ、きてくれたんだ。ここにいるって良くわかったね。」
と声をかけてきた。
「この街の釣り場って言えば港か堤防か 他にはここしかないから。」清香が答えると
「じゃあ。さやちゃん 堤防のほうも探してくれたの?」
と嬉しそうな顔をするものだからまたいつもの癖で
「いいえ、まっすぐこっちの方に来たよ。もし平さんに会えなくても友達の家が近いから」
と返してしまった。拓哉は笑いながら
「もしまだ岩場にいたらきっと見つけてもらえなかったよ。そんな格好じゃこれないところでつってたから。」
まじまじと清香の姿を見ている。

「虫の知らせかな?ずっと釣れなかったんだけどこれで終わり!ってとこでいい奴がくいついてきたんだよ。ほら!」
とクーラーを肩から下ろしてふたを開け30センチほどの黒い魚を得意そうに見せてくれた。
 清香は山の子なので釣りにはほとんど縁がなく釣り立ての海の魚など見たことがなかった。
「和光」の水槽にもいろんな魚が泳がせてあるが裏方で働いていると覗いてみる機会もない。
「これはクロダイ。まさかここでつれるとは思わなかったよ。」
とまるで子供のように喜んでいる。
清香もそんな拓哉に引き込まれ自然と素直になってきていた。拓哉は内なる情熱と外的な不動の冷静さを
上手くコントロールできる人なのだろうか。やっとあの夜の二人に戻ってきていた。

「さあ、帰ろうか。朝コーヒーいっぱい飲んだっきりだから腹へってしょうがない。」
と拓哉が先に立って歩き始めた。清香は後を追いながら
「どこか食事に行く?」
とたずねると相変わらず笑いながら
「いや、せっかく二人きりになれるのにもったいない。さやの誕生日はゆっくりと部屋で祝ってあげるよ。魚好き?」
本気か冗談かわからないようなおどけた調子でたずねてきたので
「あまり食べないのよね魚は、でもにぎりは好きだよ」
と清香も気軽に返事をする。
「そうか、じゃぁ にぎりはできないけどこの黒鯛をさしみにとってあげるよ。」
「へえ〜そんな事できるんだ。」
「親父が釣りが好きでいつも付き合ってたからね。見よう見まねだけど、キッと造れるさ」
とうれしそうに飛ぶように歩いていく。
そういう拓哉のおかしな癖を見つけておかしくなった。
「あの夜 一緒に歩いたときとおんなじだわ」
ついて歩きながら拓哉の広い背中に異性としての頼もしさとなんともいえない愛おしさがこみ上げてくる清香だった。

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