愛の詩集

ライン

■■二人 それから■■

 岡野清香と平山拓哉はお互いを必要とする存在として認め合い 人生をともに歩いていく方向に考え始めて半年が過ぎていた。
3ヶ月前に 清香は夜のバイトをやめ、拓哉も長期出張が終わり島に帰ってしまっている。
清香の生活は拓哉を中心に動き始め 拓哉もまた清香との生活をより良いものにするための行動を開始していた。

 小料理屋『和光』は 拓哉との付き合いは伏せてやめる事にした。
 お店のママは事あるごとに
「さやちゃんが初めてうちにきた時は この娘はなんて勝手な子だろうって思ったんだけど
この半年あんたがいてくれてお店の雰囲気変わったよ。ヤッパリ若い子がいるって活気があるのよねぇ。」
といって喜んでくれていたが それと同時に板前の安さんのことも話題に上ってきていた。
「お店を持ちたいんだったら ちょっと歳は離れてるけど
安さんだったらいつかは独立して二人のお店を持つことだって出来るんだけど。どうなの?」
と聞いてくるし、安さんは安さんで
「新しい店が出来たから今度の休みに視察に付き合わないか」
とさそってくる。確かにここには1人で生きていくための自分のお店を持ちたくて働き始めた。
 ただし誰かと一緒ではなく一人の店であって 気を使わずに自分の思うように出来る店が夢なのだ。

 そんなこんなで夜のバイトに行くのが窮屈になってきた清香は「和光」をやめる事にした。
「良くしてもらってるのに申し訳ないんですけど シーズンオフで残業が続いちゃって
自分の仕事だからほっといて帰ってくるわけにもいかないし お店にも迷惑かけてるし 
今月いっぱいで辞めさせてもらいたいんですけど」
と お店の暇な日を選んでママさんと安さんに話した。

 清香の急な申し出に二人は驚いた顔をして
「別に 今はそんな混んでるわけじゃないからさやちゃんが遅れてきても迷惑にはなってないよ。」
と 安さんが言うと
「こういう商売はかき入れどきの波があるからね。
ボーナス時期になると宴会とかで忙しいけど まだしばらくは大丈夫よ。
疲れた日には休んでくれてもいいし さやちゃんのこれない日はほかの子に変わりやってもらうから。
できれば時々でもいいから来てくれたらいいんだけど」
とママが寂しそうな顔をして清香をまじまじと見つめる。
「さやちゃん なんかあったの?もしかしてお嫁入りの話とかあるんじゃないの?」
 女の勘は鋭い。清香は内心ドキッとして
「いえ まだそんな話じゃないんだけど。中途半端が嫌なんです。
頑張ってきてるんだけど 疲れがたまるとどっちもがいい加減になってしまうから」
 安さんが怪訝そうな目で見ているのを痛く感じながら 動揺を隠してこたえると
また鋭い勘でママが拓哉の話を持ち出してきた。

 「そういえば 最近 平さんがお店に来なくなったけど安さんなんかしってる?」
と安さんのほうを振り返って聞いた。
 「ああ あの人はつい最近、出張が解雇になって島のほうに帰っていきましたよ。帰る前に挨拶に来て
ママとさやちゃんによろしくって。うっかりしてたな〜ごめん」
頭をかきかき安さんが言う言葉に清香はなんともいえない技とらしさを感じて妙な猜疑心を二人にもってしまった。
 なぜなら清香は拓哉からその夜のことをくわしく聞いていたから・・・・
狭い港町のことである。どこからでも情報は入ってくるのだ。拓哉と清香のことが二人の耳に入らないわけがないのだ。
 きっとママの方は清香のほうから打ち明けてくれるのを待っていてくれたのかもしれない。
只 同じお店の仲間である安さんの気持ちを考えて 清香に問いただすのを控えてくれているのかもしれない。
 清香はこのまま何も言わずに辞めることが出来たらと心の中で念じていた。

清香にとって安さんという人物は どうしても恋愛の対象にはならなかった。
彼の優しさや気配りはお店の先輩であり 安心して甘えられる兄貴みたいなもの
もし何かの弾みで一線を越えたとしても精神的に清香を満足させることは出来ない
行き先の見えないものを求めている清香には あまりにも先が見えすぎている。
彼にはそんな清香を理解することは出来ないだろう。
安さんは内面的にはぜんぜん違う清香に
只 雰囲気が似ていると言うだけで別れた女性をダブらせているのだから・・・・・

次のページ

[PR]動画