コスモスロード

ライン

■■10章(蘇生)■■

             

 瞳は少しづつだが回復に向かい、ベッドの上に起き上がる時間も増えていた。
勇作とあゆみは一日おきに様子を見に来る。
豊はあのあと一度おとづれたが、
春香から、勇作が知って怒っているからもう来ないほうがいいといわれ
「そうか、わかった。虫のいい話だよな、岬と別れたから元の生活に戻りたいなんて」
そういって帰っていった。それ以来一度も姿を見せない。

 岬は、あの朝
「別れましょう、私たち」
といったあと、自分が瞳にしてきた仕打ちや、
豊とのすべてを書いた手帳を瞳に送りつけたこと、
事故のあったあの日、瞳があの海岸に行くように仕組んだ罠で
まさかこういうことになるとは思いもしなかったこと
何も知らずに幸せそうに微笑んでいる瞳が憎かったことなどすべて告白した。
「あなたが私との生活を選んだのは、もう愛ではないわ。
これ以上はお互いに傷をなめ合うだけ。一緒にいても幸せにはなれない・・・・・」
そういったあと、
「もう充分に尽くしてもらったわ。私のせいですべてをなくしたあなたに、私ができるのは別れてあげることよ。
今のままでは顔に残った傷があなたと私を責め続け、
奥様の亡霊におびえ続けなければならない。」

 豊は瞳のスーツケースに入っていた手帳と、
それと同時に留守電に残っていた、嫌がらせの数々が入ったテープを
勇作に渡されて、その一部始終を確認していた。
その上で、岬と暮らすことを受け入れたのは、
そうさせてしまったのは自分だと言う罪の意識からだった。
「私はここを出て一から出直すことに決めました。」
岬は豊に有無も言わせぬ勢いでそういうと、荷物をまとめて出て行ったのだ。

 あれから、半年が過ぎた。
瞳は退院し、あゆみと父勇作との生活をうけいれ、
週に5日だけ、近所のフラワーショップで働き始めていた。

 「今日は診察の日じゃないのか?」
朝食を済ませた勇作が瞳に声をかけた。
「そうよ、夏休みだし、久しぶりにあゆみと二人で行ってくるわ」
そばで聞いてたあゆみが、少し不安そうな顔をして
「ママ、またあの汽車に乗るの。あゆみ車のほうがいい。
おじいちゃんも一緒のほうがいい」
とだだをこねている。
「大丈夫よ、あゆみ。今日はおじいちゃん御用があっていけないの。
それともあゆみ一人でお留守番してくれるの?」
海の近くで育ったせいか健康的な小麦色の肌に大きな黒い瞳が
あゆみとよく似ているその顔は、いたづらっぽく笑っている。
「一人はいや〜。やっぱりママと行く!」

 精神科医木梨春香は、療養所までの距離を考えて午後からの診察にしてくれている。
瞳はあゆみにリュックには水着を入れるように指示した後、お弁当を作り、
早めに家を出て海岸線から見える灯台の下にある岩場で時間まで遊ばせていた。
「あっ、パパだ」
あゆみが叫んだ。
瞳が、その眼の先を追うと黒いジャケットにGパン姿の男がこっちみて、
驚いた顔をしながら近づいてくる。
「あゆみったら、パパじゃないわよ。パパはもういないでしょう?」
「だって」
あゆみは不思議そうな顔をしながらつぶやくと
何かを察したようにうきわを持って砂浜に走った。

 その男は、あゆみの行くほうをみながら、
「こんにちは、海水浴ですか?」
と、瞳に声をかけた。
「はい、亡くなった主人が夏になると連れて来てくれたものだから」
明るい笑顔でこたえる瞳を眩しそうに見つめながら
「ご主人お亡くなりになったんですか?」
と、ききかえした。 「ええ、数年前にこの海岸沿線で脱線事故がありましてね。
私と娘は助かったのだけど主人は即死だったんです。」

 瞳は完全にかつて夫であった豊を忘れていたのだ。

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