コスモスロード

ライン

■■11章(再会)■■

             

「そうですか」
男が小さくつぶやくと
「といっても、私も一年前まで意識がなくて、目が覚めた時に聞かされた時は
とてもショックでしたけど、やっと受け入れられました。」
そういって、男の顔をみた。


 豊は心の中で自分を忘れてしまった妻の名前をよんでいた。
『僕にはもう、君に謝ることも、自分の娘を抱き上げることも、
あの頃のように君のつくった弁当を一緒に食べることも許されないのか。』

「この近くにお住まいなのですか?」
瞳は見知らぬ男の沈黙が気になり、言葉をかけた。
「いや、今日は妻の命日できました。」
「あら、あなたも奥様を亡くされたの?いつ?」
「一年前です」

豊は、田川岬が家を出た日、瞳の病室を訪ねた。
『もう一度やり直したい。これからはずっと瞳が目覚めるまでそばにいよう。』
そう心に決めて逢いに来たのだったが、主治医の木梨春香に
「今日は医者としてではなく、後輩としてのお願いをします。
瞳さんのお父様といろいろお話しました。話を聞きながら私も一人の女として
先輩を許せないんです。私にも父親がいます。ほとんど口をきくことも無い父親だけど
娘を育て見守ってきた父親の気持ちが、痛いほどわかりました。
先輩にもあゆみちゃんという娘さんがいらっしゃる。
もし、あゆみちゃんが瞳さんと同じ人生を送るとしたら、その相手を許せますか?
お父様のお気持ちをそのまま伝えます。
あゆみがいなければあいつを殺していた。そうおっしゃったんです。
先輩に人としての心があるなら、もう二度と二人の前に現れないでください」
そういわれ、
「そうか、わかった。虫のいい話だよな、岬と別れたから元の生活に戻りたいなんて」
と、サナトリウムを後にしたのだった。 
豊にとって、その日が妻の命日になった。

「奇遇ですね。実は私も今日を主人の命日にしているんです。
いえ、本当の命日は脱線事故の日なんですけどね。
今日は一年前に主人の死を知らされた日なので、娘と二人で海水浴に来ました。
この海は、実家に帰る道の途中で、主人が生きている頃は
夏になるとここで海水浴をしてたんですって、娘が教えてくれました。

 眠り続けていた私が目を覚まして、主人の死を知らされたけど、
悲しいことに私自身、主人の顔を思い出せないんです。
さっき、あなたを見て娘がパパだと言いましたけど、
あの子がそう感じたのなら、どことなく主人ににていらっしゃるのでしょうね」

 「ご主人の写真は?」
豊は目の前にいる自分を夫であることがわからずにいる瞳に
思わず聞き返していた。
瞳は大きな黒い瞳を少し曇らせたが、
「私が意識を取り戻したのは奇跡だったようです。
不思議な体験をしました。知らない女性が私を呼び戻してくれたような・・・
いえ、きっと父や娘の強い思いが私を呼び戻してくれたんだと思います。
そういうこともあって、いろいろ大変だったみたい。
目覚めた私が悲惨な亡くなり方をした主人に、
未練を残さず生きていけるように、父なりの配慮で写真は全て処分したって
今は笑い話ですけど 一枚くらい残してくれたらいいのに、娘のためにも
そういって時々親子喧嘩をするんですよ。
あら、私初めてお会いした人にこんなことまで・・・・」
明るく答える瞳のその笑顔が、豊にはまぶしかった。

「あっ、もしよろしかったら、一緒にお弁当いかがですか?
娘もパパに似た人と食事をするの喜ぶんじゃないかしら。」
そう言ってあゆみに声をかけようと立ち上がると
「いや、今日はやめておきます。また来年の今日、僕はまたここにきます。
また会うことができたらその時に、それではお元気で、
娘さんを大事に育ててください」
そういいながら、砂浜でこちらを見ているあゆみに向って大きく手をふり
瞳に向って一礼するとその場を立ち去った。

「パパ〜」
あゆみが走ってくる、自分を追いかけてくる。
瞳があゆみの許へかけて行くのを背中に感じながら
豊はふりかえって、あの楽しかった夏の日にかけ戻りたい衝動を
必死にこらえながら灯台のほうへ歩いて行った。

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