コスモスロード

ライン

■■4章(事故)■■

             

    「あ・ゆ・み」
「私の娘、あんな可愛い子を置いて私はなぜこんなところに一人でいるんだろう」
瞳は、手帳に書いてある直木豊の電話番号にかけてみようと思い立った。
ソファーから立ちあがると一瞬立ちくらみがした。
目覚めるたびに疲れがひどくなっているようだ。
もう一度座りなおして深呼吸をしたその時、
目の前にもう一人の瞳があらわれたのだ。
悲しい顔でこちらを見つめている。
何か物言いたげにも見えるし、行動を見守っているようにも見える。
瞳もまたみつめかえしていた。
しばらくするとその姿はす〜っと視界から消えた。

 そのあといざなわれるように現実からはなれ
あゆみの手をひきながら、駅の構内を歩いていた。
どこに行くというあてもなく出てきてしまったが、
いつのまにか、行くべきところは灯台の見える海岸に向かっていた。
「ママ、どこに行くの?」
あゆみが周りを見回しながら聞いてきた。
「海に行こうか。そこには灯台があってね、コスモスのお花もいっぱい咲くんですって。」
瞳がつぶやくように言うとあゆみはうれしそうに
「私、海に行きたかったの。小さい時にパパとママと三人で行ったでしょう?
パパは私が小学校に行ってからずっとお仕事ばかりだし、行きたいと思っても
連れてってって言えなかったんだもん」
「そうか、そうだったね。パパあゆみが小さい時はいろんなとこ連れて行ってくれたね。
ママがいけなかったんのよ。パパにいじわるいっちゃったから、
「ありがとう」ってそれだけでよかったのに。あゆみの楽しみ奪ってしまってごめんね。」
「ううん、ママだっていろんなところに連れてってくれるでしょう?
パパといけなくてもママがデパートとか遊園地とか、いろんなとこ連れてってくれるから平気だよ。」
「あゆみはいい子ね。優しい子ね。ママの自慢の娘よ」
瞳はつないでいる小さな手を強く握りしめていた。
「あ〜ん、ママったら痛いよ。」
あゆみの声にはっとして、
「ああ、ごめんなさい。海を見に行ったらそのあとおじいちゃんとこに寄ってみようか」
そういうと、
「わ〜本当?もう長いことおじいちゃんとこにいってないから、きっとびっくりするね」
親子の他愛のないおしゃべりの中に含まれた複雑な環境が見え隠れする。

 瞳は大人一人子供一人の2枚切符を買うと、改札口に急いだ。
押されるようにホームに降りると乗る予定の列車は待機していて、
ほとんどの椅子が埋め尽くされるほどになっていた。
学生ラッシュに巻き込まれてしまったようだ。
 やっと座席につけたのは都市部を離れて海沿いの町に着いてからだった。
終点に近づくにつれて家並みは少なくなり、岩場の続く海岸線はきれいに整備されて
そこは「コスモスロード」と書かれた立て看板が区間ごとにおいてあり、
華やいだであろう夏の来客を、秋にはコスモスの花で誘う意味合いで案内されている。
「ママ、お花きれいだね〜」
あゆみは途中の駅で買った駅弁をほおばりながら嬉しそうに外の風景を見ている。
「ほんと、きれいね。コスモスっていうのよ。まだまだ今からもっといっぱい咲くわ。」
「へ〜、また来たいな。もっといっぱい咲いた時に」

 その時だった。
「キキー」
という金属音とおもに
グラグラっと車体が揺れ、一瞬のうちに傾いた。
瞳は、咄嗟にあゆみの体を抱きしめ、座席と座席の間に身を沈めた。

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