コスモスロード

ライン

■■5章(報い)■■

             

直木豊はときどきそのサナトリウムを訪れる。
今はもう他人になってしまった瞳を見舞うためだった。
当時の愛人だった田川岬の執拗な無言電話や非通知設定の嫌がらせに
瞳は振り回され続けていたのを知ったのは、思いがけない脱線事故に瞳とあゆみが
巻き込まれてしまったあとだった。。

 豊は妻と娘あゆみとの生活に満足していたが、それとは別に自分を慕い
仕事上の成績やトラブルに貢献してくれる岬も大切な存在になっていた。
「奥様ってかわいそう。今こうしてあなたの隣で別な女が寝てるなんて
考えてもないでしょうね。」
ベッドの中でささやく岬に
「知らなくて幸せなこともあるさ」
と言うと勝ち誇ったような顔で甘えてくる。
岬は時々あってくれるだけでいいと言い、家庭に迷惑はかけないという。
そんなけな気さが愛おしく、妻以上に本音でぶつかってくるのもかわいいとおもった。
だらだらと関係を続けて3年。
豊自身は仕事と家庭そしてプライベートをうまく縦分けているはずだった。
しかし、状況は変わって来ていたのだ。

豊が自宅に重要な書類を忘れて瞳に届けてもらったことがあった。
その日瞳は娘のあゆみをつれてきていた。
「パパ〜」
無邪気な声で飛びついてきたあゆみを抱き上げると
「食事はもう済んだの?」
と聞いてみた。
「ううんまだよ。パパは?」
「パパもまだだよ。じゃ三人で一緒にお昼ご飯食べようか」
そういうと、瞳も
「あらよかったわね。あゆみちゃん。」
と、うれしそうに微笑んでいた。
社内で、家族を紹介する姿には、人がうらやむほどの家庭円満な様子がうかがえた。
「素敵な奥様とかわいいお譲ちゃんがいたら、仕事もバリバリできるのは当然ですね課長」
 岬はその様子をじっと見ていたのだ。
豊は理解してくれてると信じていたので、変わりなく接しかかわっていたが
岬のほうはだんだんと自分の存在を主張するようになり、
控え目だった言葉や行動も大胆になって来ていた。そしてその裏では
じわじわと瞳に対しての嫌がらせが始まっていた。

たまに早く帰宅した夜の家族団欒の後、
あゆみを部屋に送り届けて二人の時間になると
「ねえ、最近おかしな電話があるのよ」
「今日は携帯に非通知でいやらしい声の電話があったの。あなた心あたりない?」
と尋ねる時があった。
まさか岬がそういうことをする女だとは思いもしなかったし、かえって、
瞳のほうに何か問題があるのではと疑って
「君の携帯にかかってくるんなら、心当たりはそっちにあるんじゃないか」
と、口を滑らせてしまったこともある。
「そんな・・・」
瞳は言葉を失い、悲しそうな顔で豊を見つめていた。
今にもこぼれそうな涙を必死にこらえて立ちすくんでいる姿を
時々思い出して切なくなる。

 あの、事故があって娘のあゆみは奇跡的にかすり傷で済んだが
体中でかばっていた瞳は頭を強く打ち、意識不明のまま地元の病院に搬送された。
駆け付けた豊は頭から上半身包帯で巻かれた瞳をみて、声を失った。
「先輩の奥さんだったんですね」
背後から声がして、振り返るとそこには白衣を着た同郷の木梨春香がたっていた。
「実はもう一方いらっしゃるんですよ。先輩のお知り合いが」
「えっ?」
豊はドキッとした。
その様子を見ながら、春香は医者らしく淡々として口調で
「こういう非常事態なので、連絡先を確認するために
バックの中を調べさせていただきました。その連絡先が先輩になっていたので
どう対処するべきか迷っていたんです。」
というと
「とにかくこちらのほうが前方のほうに座席を取っていらっしゃったので、
今は危険な状態です。奥さまは生命に支障はありませんけど、頭を強く打たれてますので
しばらく様子を見てからの治療になります。」
豊は目の前が真っ暗になるのをこらえながら春香を凝視していた。

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