コスモスロード

ライン

■■6章(罪と罰)■■

             

 「先輩、大丈夫ですか?少し休まれますか?」
木梨春香は心配そうに声をかけた。
「あぁ、大丈夫だ。」
豊が我を取り戻して答えるとまた、医者としての言葉遣いに戻り
「その方の名前は田川岬さんですが、心当たりありますか?」
「ああ、会社の部下だ。しかしなぜ田川君がこの列車に乗っていたのか」
独り言のようにつぶやくと
「どちらにしても、本人確認をしていただいた上で
身元引き受けの手続きを取ってもらわなければなりません。
お知らせする家族でもご存知ならこちらから連絡しますけど」
「いや、離婚して家族はない。両親ももう他界していると聞いてる」
「そうですか。だから先輩が連絡先になっていたんですね。
わかりました。それでは行きましょうか」

 春香は先に立って集中治療室への通路を歩き始めた。
そのあとをついていきながら、豊の心は動揺していた。
『なんということだ。同時に家族と愛人が事故に巻き込まれるとは』
集中治療室に入る前に殺菌された服に着替え、消毒液で手を洗うようにいうと
たくさんの機材に囲まれ眠っている岬のベッドに誘導した。
豊はその無残な姿に一瞬目をそむけた。
「どうですか?ご本人でしょうか?」
遥かに聞かれても顔の半分が包帯におおわれ、見えてる部分もはれ上がっている。
あんなに透明で白い肌を持ち、整った目鼻立ちをしていたのに
ほとんど原形を感じることが出来ない。
「どうにも、この姿では・・・・」
豊は春香に向かって首を振った。


「たくさんの人が運ばれてきていて、
持ち物だけでは確認が取れないのでみてもらっています。
失礼だけど、この方との関係は仕事上だけですか?
もし特別な関係にある人なら全身を見て確認してください。」
医者としての春香は同郷の先輩であっても容赦はしなかった。
豊はうなだれたまま
「愛人だ」
と答えると恐る恐るかけてあるシーツをめくりその裸体を確認していった。
あちこちに傷跡が残り、事故の惨劇を物語っている。
3年も慣れ親しんだ肉体である、傷跡さえなければそのまま岬のものだった。
気力のない声で
「本人だ。間違いない」
そういうと、シーツをもとにもどしながらベッドの脇に崩れ落ち
両手で頭を抱え込んでつっぷして叫んでいた。
「罰だ!これは罰なんだ。こんなことが起きるなんて・・・・」

 瞳はまた目覚めていた。
あの金属音はなんだったのだろうと思う。
『あゆみは私の娘あゆみはどうなったんだろう。』
瞳は胸の高鳴りを抑えながら手帳を開き、直木豊の電話番号に電話を入れてみた。
呼び出し音が聞こえている。
なかなか出る様子がない。一度切ってかけなおしてみた。
「もしもし、直木でございます。どちらさまですか?」
子供の声である。大人びた口調だかそれはあゆみの声だった。
「あゆみ?」
問いかけてみる。
「えっ?」
一瞬ひるんだような反応があって、
「ママ、ママなの?」
そういうとあわてた様子で
「おじいちゃんおじいちゃん。ちょっと来て」
と叫んでいる。
急いできたのがわかるその声は妙に懐かしい。
「瞳なのか。お前目が覚めたのか。瞳。瞳。」

 その声を遠くに聞きながらまたくらくらと肉体が舞い始め、
それと同時にす〜っと何かが抜けていくのを感じ
直木瞳は、長い眠りから目覚め始めていた。

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