コスモスロード

ライン

■■7章(破壊)■■

             

 脱線事故の半年後 直木瞳は意識が戻らないまま灯台の近くの
精神医療のサナトリウムに移されることになった。
木梨春香が便宜を図ってくれたのだ。
豊は眠ったままの瞳ではなく、意識の戻った岬に付き切りになっていた。
 たまりかねた瞳の父親、篠原勇作は
娘の瞳がバッグの中に入れていた離婚届を豊に差し出して
「いまさら、君に何を言っても娘は元には戻れない。
この際はっきりと縁を切ってこれからさき可能性のあるほうに行けばいい。
その代わり二度と娘の前にも孫の前にも現れないでくれ」
と冷たく言い放った。
「申し訳ありません。瞳の治療にはできる限りのことをします。
あゆみの養育費も送りつづけます。離婚だけは許して下さい。
僕は親子三人の家庭を大事に思っていました。だからなお
彼女が意識を取り戻さないまま別れることはできません」
土下座をし懇願したが勇作はまったく聞く耳を持たなかった。

「情けない男だな。田川岬という女がどれほど瞳を傷つけてきたか、
それとあの手帳の最後の文章を読んだ瞳がどういう思いで離婚届を書いたのか
君にはまだわからんのか。精神科医の木梨先生からサナトリウムの話は聞いた。
その費用は私の退職金でまかなう。君からは一円たりとも受け取る気はない。」
「それならせめて、あゆみが学校を卒業するまでいまの家をつかってください。
瞳が目覚めたときに帰れる家だけは残させて下さい」
豊にとって、今できる償いはそれだけだった。

 二人の話を子供部屋から出てきたあゆみが聞いていた。
「おじいちゃん、パパを怒らないでね。
あゆみママが帰ってくるのをあのおうちで待っていたいから」
勇作は孫の必死の願いで家だけは受け取ることにした。
長年住み慣れた自分の家を引き払い、それも瞳の入院費に当てることにしたのだ。
孫一人まだまだ食べさせていくぐらいの体力は残っている。
そう思っての決断だった。

郊外にマンションを借りていた豊は退院した岬を迎え入れた。
しかし、そこにはもう以前の感情は無く、岬自身も
顔に残った傷跡は心を暗くし、今だ眠り続ける瞳への懺悔と
献身的につくす豊のそれが義務と責任から来ているものと思えば思うほど
心はふさがり、あの毅然としていた姿はもうどこにも見受けられなかった。
 すべてを失った豊は、自分が破壊してしまった幸せだったころの家庭を
元へは戻れはしないとわかっていながら忘れることが出来ない。
その思いは、岬との生活が淡々と流れていくなかで瞳と岬の立場が逆になっていた。
岬には悟られないように眠り続ける瞳を見舞い、
娘あゆみの学校の門の前で待ち伏せては成長していく姿を見守っていたのだ。


「あの声は確かに娘の声だ。」
『瞳なのか?目が覚めたの?』
そう問いただした時、確かに声を発した。
『あの〜そちらは直木豊さんのお宅でしょうか?』
はっきりとこたえたのだ。そのあとぷつっと電話が切れてしまった。
先週行ったときには何も変わった様子はなかったし
主治医にも目覚める兆しがあるとは一言も聞いていない。
篠原勇作は受話器を置いたあと、
孫のあゆみを車に乗せると瞳の眠るサナトリウムへの海岸線を走っていた。

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