コスモスロード

ライン

■■8章(奇跡)■■

             

「まさか、そんな筈はありません。
先ほど様子を見に行きましたが眠ったままの状態でしたよ」
「娘から電話がありました。いつ目を覚ましたんですか?」
と勇作が飛び込んできたとき。主治医の木梨春香は笑いながら答えた。
「お父様のお気持ちはわかります。でも、今のところは何も変化は見られません。」
「しかし、あれは・・・・あの声は確かに」 勇作が言葉を発しようとしたその時だった。
春香の携帯が鳴り、それを聞いている春香の顔色が変わった。
「わかりました。すぐにそっちに行きます」
そういってきると、勇作に
「やはり、瞳さんに動きがあったようです。行きましょう」
と伝えて、サナトリウムのある敷地のほうに向かった。


 その部屋は、瞳専用の個室として、普通に生活できる空間を作り上げてあった。
医療施設とは別の場所にアパート形式に作られたサナトリウムには
二階に七部屋あり、どの部屋もつまっていたがほとんど意識のない患者が眠っている。
一階には休憩室や面会室、図書室と喫茶室などがあり、
リハビリのために散歩にも出られるように、建物を出ると目の前に道路があり
そこを渡ると灯台への道がまっすぐにのびていて、
道の両側には地元のボランティアが植えたコスモスの花がずっと連なっている。

 春香と一緒に勇作とあゆみが部屋に入ると、スタッフが3人待機していた。
「先生が出て行かれたあと、かすかに声を出されたんです。
何かを探しているように指先が動いて・・・・しばらく様子を見ていたんですが
つい先ほどまた、うめき声をあげて、今は意識が遠のいている状態です。
きっとお譲ちゃんの名前を呼ばれたんだと思います。それから、ご主人の名前も」
付添いの介護士がせきを切ったように報告した。
春香は瞳の手首を握って脈をとり、鼓動を聞いたあと、
心配そうに勇作の腕にしがみついているあゆみを振り返り
「あゆみちゃん。ここにきて、ママを呼んでみてくれる。」
というと
勇作に促されてベッドの横にきたあゆみの手を取り瞳の手を握らせた。

「ママ ママ。あゆみよ、ねえママ。ママ〜」
あゆみは必死でよびかけていたが、勇作を振り返って叫んだ。
「おじいちゃん!ママが返事してる。ママの指が動いてる。」
「瞳、瞳」
勇作はあゆみをうしろから抱えるようにして娘の名前を呼び続けた。
そのとき、かすかに瞳の瞼が動いてうっすらと目を開いたのを春香も確認していた。

 春香は後をスタッフに任せ、あゆみを介護士に託すと勇作に
「すこし歩きませんか?」
と、声をかけた。
春香と勇作は灯台へのコスモスロードを安堵の表情で歩いている。
先に口を開いたのは、勇作だった。
「先生、まさか瞳が意識を取り戻してくれるなんて思いもしませんでした。
ほんとうにありがとうございます。」
「いいえ、お父さん。わたしもいま、不思議でならないんです。
なにがきっかけで意識が戻ったのか、奇跡としか言いようがありません」

 そのあとしばらく沈黙が続き、今度は春香が口を開いた。
「ところで、先輩、ああ、直木豊さんですけど、時々お見舞いに来られてます。
彼にも知らせてよろしいでしょうか?」
勇作はしばらく無言でいたが
「先生、催眠療法というのがあるらしいですね。瞳がこのまま目が覚めて現実を知ったら
どれほどのショックを受けるかと思うと不憫でならないんです。
直木豊と田川岬を瞳の記憶から消してやることはできないでしょうか?」
勇作の申し出に春香は、驚いて立ち止った。

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