コスモスロード

ライン

■■9章(父の痛み)■■

             

 懇願するように自分を見ている初老の勇作の心の痛みが伝わってくる。
春香は先輩である豊が、今は岬と暮らしていることを知っている。
事故にあい、何も知らずに眠り続けている瞳を見るたびに
同性として二人を許せないと思う感情もあり、
豊には医者としての立場だけで対応してきた。
少女のころ、憧れの先輩だった豊が今は哀れでならない。
しかし、瞳が意識を取り戻したことで状況は変わってくるだろう。
勇作に豊が見舞いに来ていることを言ってしまったのは迂闊だった。
春香はあえて明るく
「まだ、これからの様子を見なければ分りません。
意識がもどったとしてもまだうつろな状態ですから
今気になるのは以前の記憶が残ってるかどうか・・・・
とにかく、これからのことは状況を見ながら考えることにしましょう」
とだけ答え、
「直木さんのほうには、もう、来ないように私のほうから伝えます。
意識が戻ったことを知らせるのはやめておきましょう。」
そう付け加えた。
「私はあの男が憎くて仕方がないんですよ。
あゆみがいなければ殺してしまいたいくらいだ。
いま、先生にあいつがここにきてることを聞いてなおさら許せない。」
勇作は拳を握りしめ
「先生、父親ってのはね。娘には特別の感情があるんです。
私には息子もいますが、瞳が生まれて初めて目の中に入れても痛くない、
だれにも渡したくない。どこのだれよりもしあわせにしてやりたい。
そう思いながら育ててきました。
妻をはやくになくしましたからなおのことその思いが強かったんです。
その娘をあの男はぼろぼろにしてしまった。死んでも許さないでしょう」
唇をかみしめながら、目頭を押さえている。

 その朝、豊は夢で飛び起きた。
まだあゆみが就学前のころの夢だった。
瞳の実家へ行く途中にあの海岸線はあり、夏場は瞳が作った弁当を広げて
親子三人、潮干狩りや海水浴をするのが恒例になっていた。
あゆみは声をあげて笑っていた。
自分が行くあとを二人がついてくる。一緒にみずあそびをして、
そのあとの実家への道では遊び疲れて眠ってしまうのだ。
実家に帰れば独り暮らしの勇作のために瞳とあゆみは数日泊まる。
豊は送り届けて一晩泊るだけで、二人が帰るときにはまた迎えに行った。
しかし、
数年前に、精神医療施設が完成したころから、
そこは岬との逢瀬の場所になっていたのだ。

 豊が飛び起きたのは、夢の中で笑っている瞳の顔が岬になっていたからだった。
「大丈夫?」
ベッドの上で呆然となっている豊に岬が声をかけた。
「ああ」
そういうと豊は水を飲みにキッチンへ歩いて行った。
岬はその後ろ姿を追いかけるように
「もうやめましょう、わたしたち。」と叫んだ。
豊はその悲痛な叫びを背に受けながら、コップに注いだ水を飲み干し
返す言葉もなく流し台の前に立ち尽くしていた。

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