小説・花暦

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■■花暦〜見知らぬ街でU〜■■

「やっぱりなんかあったんだね。」
知美は呆れ顔でいうと、
「私は娘だからね、お父さんの嫌なところは聞きたくないけど、家を出てくるほどお母さんが悩んでるのなら
きいてあげてもいいわよ。でも、場所変えようよ。此処じゃあのこたちにまるぎこえだもの」
見知らぬ街の夜の道を親子で歩きながら、奈緒美は昨日の出来事をすべて知美にはなした。
知美はしばらく言葉を発しなかった。
やはり聞かせるべきではなかった。奈緒美は母親として最低の事をしてしまったと悔やんでいる。

「で、お母さんは如何するつもりなの?」
知美は奈緒美を真正面から捕らえ,至って冷静な声できいてきた。
「私は、その女性に言ったように何も聞く気はないし、
これまでお父さんは仕事、私は家庭って立て分けて生きてきたんだから、それをこんなことで壊す気はないのよ。
とにかくいまは、その人が一日も早く気持ちを変えてくれる事を願うし、家庭の中に災いが及ばないよう祈るだけよ。
ただ、お父さんのことはね、ちょっとちがうの。」
奈緒美は、自分の心の奥にぷつぷつとくすぶっているもやが小さな傷跡になって、
じくじくと痛みを与え続けていることまで、この娘に話しても良いものだろうか。
この痛みは、自分自身の雌の部分からくるもので、あまりにも生々しく、
まだ22歳の未婚の娘には理解できないだろうし、尊敬する父親の雄の部分を知らしめる事は
精神的なダメージをあたえてしまうだろう。
自分が此処まで育てるのに形容してきたすべてが藻屑となって消えてしまうのでは。
奈緒美は知美と肩を並べて歩きながら、葛藤し続けていた。

「でも、お父さんだって父親である前に男だし、
お母さんだってまだまだちょっとおしゃれしたら充分に綺麗じゃない。
それが本当かどうかにしても、誰にも相手にされないよりいいんじゃない?
別に家庭をおざなりにしてるわけじゃないしね。ほっといてみれば。
もしそれが嫌なら嫌ってお父さんにいったらいいのよ。
こういうことって両成敗じゃないの?それに、責任はお母さんにもあるんじゃない?」
知美は奈緒美の心配をよそにぐさりといいはなった。

「わたしの責任?お母さん、お父さんに何か悪いことしたかしら?」
奈緒美は少し感情的に声を荒げていた。
「お母さんの悪いところはね、
というかお母さんの態度やもの言い方で子供の私達が反発していたのは、自分は悪くないって
言い切ってしまうところよ。
大事に育ててもらったのは分かってるけど、やっぱり完璧な人はいないじゃない?
お父さんだって普通の人間だよ。自分の理想を押し付けすぎてたんじゃないの?
きっと息抜きがしたかったんだよ。
お母さんが嫌なんじゃなくて、お母さんではない誰かに甘えてみたかったんじゃない?」
『なんといういいかただろう。』
奈緒美は自分が手塩にかけて育てた娘に、こういう見られ方をしていたかと思うと情けなくてたまらなかった。

「お母さん完璧なんかじゃないわよ。そんなことわたしが一番知ってるわ。
息抜きがしたかったですって、甘えてみたかったなんて、
お母さん一度だってお父さんに逆らった事無いし、無理も言って無いわ。」
「怒らないでよ。もし私とお父さんが似ているとすればそういうお母さんの自分が無理してたり、
我慢してたりするのがちょっと鼻に付いちゃうかもしれない。そうおもったのよ。
でも此れは私の考えであってお父さんじゃない。単なる推測でしかないわ。」
奈緒美はショックだった。やっぱり話すべきじゃなかった。もう此処で終わりにしょう。
人間は勝手な動物である。自分の都合の悪き事からは目をそらし耳をふさいでしまうようだ。
知美もここぞとばかりにこれまでの環境で自分達が迷惑だった事などや
いまだにトラウマになってる事などを並べ立ててきた。
「正直、娘の立場で両親の嫌なところあまり聞きたくないのよ。夫婦の事は夫婦で解決していって欲しいし、
もし仮に此れが原因で離婚とかなったとしても私はもう成人しているし一向に構わない。
自分のことは自分でやっていけるしね。今はまだ、祐美と剛司の事を第一に考えて欲しいの。」

「わかった。もうこの話終わりにしましょう。帰ろうか。」
普段の母親の顔に戻った奈緒美を見て
「ホラそうやっていつも途中で逃げちゃうじゃない。」
知美は不機嫌な顔をしてふてくされている。
「あら?逃げてるんじゃなくて、これ以上は堂々巡りだって思うからだわ」
「堂々巡りでもお互いが納得できるまで話し合うのが一番の解決法だって私でさえ思うのに、
お父さんがお母さんに色んな話が出来ないのはそれがあるからじゃない?
自分勝手に解決してしまうの相手側にすれば良い気持ちじゃないのよ。
これまでにそれをしてこなかった事がおかあさんの責任。お父さんを甘やかしてしまったのよ」

 相手を攻めるのではなく自分はどうかということを考えるのが奈緒美の性格だ。
非は自分にある。そういう思いでこれまでのいろいろな事を自分の中で処理してきた。
知美の一言で、表情とは裏腹に胸のもやもやが一層膨らんできている。

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