小説・花暦

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■■花暦〜再会〜■■


 朝、いつものように子供たちを送り出した後、
ひと通りの家事がおわった頃に奈保子から電話が入った。
「今からお邪魔するわね。」
奈保子は市内にある大学病院から来るというので、
目印と時間を言ってその場所で待っているということを伝えた。
 約束の場所に早めに行き
、何台かの車を見送ると奈保子の乗ったタクシーが目の前にとまり、
「こんにちは、お久しぶり奈緒美さん」
車を降りると相変わらずの明るい声で抱きつかんばかりに握手を求めてきた。

奈緒美は奈保子のリアクションに圧倒されながら、されるがままに任せている。
「ようこそ、来ていただけて嬉しいわ」
それだけ言うと、自宅の方に誘い、肩を並べて歩き始めた。
「あら、大通りから入り込むと閑静な住宅地なのねぇ。新しくて素敵なお家が並んでる。」
「ご近所は皆さん持ち家だけど、私の家はまだ代用の社宅なのよ。」
「社宅でもこんな場所に暮らせるなんて幸せよ。」
家の前に着くとまた奈保子は
「まあ、こんな大きなお家を社宅に出来るなんて、ご主人がんばっていらっしゃるのねぇ」
驚きの声を上げた。
「ええ、おかげさまで・・・・」
奈保美は微笑みを返しはしたが心の内には空しさが走っていた。

 居間のソファーに落ち着くと、奈緒美が準備していたお茶を並べ、
二人は改めて再会を喜び、同窓会のときの思い出話を語りながらひと時を過ごした。
だんだんと心がほぐれてくると話も家庭環境にと変わってくる。
差しさわりの無い、子供の様子や受験校などの話題でお互いの心労をねぎらい笑いあった後
「ところで、大学病院は誰か入院されてるの?」
話を変えたのは奈緒美のほうだった。
奈保子は屈託の無い顔で
「私よ、今日から入院するの。検診を終えてからちょっと無理言って時間をいただいちゃった。」
奈緒美はこんなに元気そうな奈保子が何故入院するのか分からないでいると
「ほら」
奈保子は奈緒美の手を取り自分の片方の乳房にその手を持っていった。
「まあ、どうしましょう。何時からなの?」
「昨年の同窓会のときにはもうなかったのよ。
手術を終えた後のリハビリ中に同窓会のはがきが届いてね。行くか行かないかとても悩んだんだけど
仕事帰りによってくれた主人が
『頑張ってその日までに退院できたら行ってこい。』って背中押してくれたの。
目標があるって素晴らしいわ。その日から私、猛然と頑張れたもの」
「それはそれは、優しいご主人の励ましがあってのことだわ。
お子さんが6人もいらして、明るい奥さんと優しいご主人理想的な家庭じゃない。」
「そう、主人はとても優しいひとよ。それでも生きていく流れにはいろんなことがあって。
ふふっ、私は片方のお乳にストレスをいっぱい溜め込んじゃったから、
でもね病気になってやっと主人の優しさと家族の大切さを理解できたみたい。」

「お茶、いただくわね」
奈保子は一呼吸して、ティーポットに手を伸ばし二つのカップにお茶を注ぎいれて、乾いた唇を潤した。
『あら、ごめんなさい』
 奈緒美は、初めての家でもリラックスして、健康体と殆ど変わらないような肌の艶と
元気な奈保子の姿を見ながら、不思議に思い
「それで、また入院って体調良くないの?ぜんぜんそんなふうに見えないのに」
「でしょう?私も生活するのにそんな支障はないと思っていたんだけど、
術後5年間は色々あるみたいなのね。このところ、微熱が続いていたから、
先週かかりつけの病院で検査してもらったんだけど、そのときにこちらの大学病院を紹介してくれたのよ」
そう、じゃ特に問題がってのことじゃないのね。定期検診みたいなものだと思えば良いのかしら?」
奈緒美がそう聞くと、
「だとおもうけど。医者じゃないからね。」
奈保子は茶化すように固めをつぶってみせ、
それより、病院の住所見てたら何かしら気になってね、同窓会名簿を確認したら貴方の家の住所と近いじゃない。
昨日も言ったけど、同窓会の日から何故かあなたの事が気になってて・・・・・
なんとなく、以前の私と同じ雰囲気をあなたに感じちゃってたものだから、思わず電話しちゃった。」



 奈緒美はドキッとした。いったい自分と奈保子はどういう縁のつながりがあるんだろう。
「不思議ねえ、私も奈保子さんのことが気になってて、何回か受話器を握ろうとしたのよ。
同窓会では一言もしゃべらなかったんだけど、あなたしか印象に残らなかったの。
きっとあの日のあなたに感じるものが合ったのね。
それはそうね、大変な手術をして苦しいリハビリを克服して、駆けつけてくれたんですもの。
あの日、あなたが一番輝いていたもの。
今だから言えるけど、あなたに近づけなかったのはジェラシーがあったからだと思うわ。」
奈緒美が素直な気持ちを伝えると
「うわ〜ありがとう。あなたにそんなこといってもらえるなんて。お邪魔した甲斐があったわ。」
奈保子は持ち前の大きな笑い声で喜びを表現した。。

 奈緒美の手作りの食事をし、コーヒーを飲み乾すと、奈保子はバッグのなかの携帯電話をみて、
タクシーを携帯電話から呼ぶと
「明日からまた検査開始よ」
といい、それがいとまのきっかけになった。
「大変ね。私、時々寄せてもらって良いかしら?」
奈緒美が聞くと
「ありがとう、知らないところで一人だからあなたが顔を見せてくれたら嬉しいわ。
でも、暫くは検査が続いて家族以外は面会謝絶になると思うから、落ち着いたらまた連絡入れるわね」
10分もしないうちにタクシーは自宅前の駐車場に止まった。

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