小説・花暦

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■■敦子の告白■■

「それでどうするの?」
敦子は話を聞き終わって奈緒美に尋ねた。
「もう電話がかかってこない事を祈りたいわ」
4年前の手紙の件からの思いと今、現在の思いを吐き出してしまってだいぶ気持ちは楽になっていた。
「ご主人には確認しなくていいの?」
敦子の言葉に奈緒美は即座にこたえた。
「私に会いにいくという事を知っていて、何も言ってこない人にどう話せばいいの?
私を大事に思うなら、会う必要はないって向こうから言ってきても良いんじゃない?」
敦子は、さっきまで平凡でも申し分のない家庭環境の中で幸せいっぱいに暮らしてきていると思っていた奈緒美が
見えない影に追われながら、それでもなんでもないように笑っていたのかと思うと不憫に思えて
「ご主人も苦しんでるんじゃない。家庭を壊したくないから言わずに来たんじゃないかな。
私はご主人のためにも貴方のためにも無視したほうがいいと思うけど。」
そう自分の気持ちを伝えた。

 しばらく考えていた奈緒美が
「今まではね、そう思って生きてきたのよ。もし自分の事でなかったら私もアッ子ちゃんと同じことを言うと思うし
でもね、今までは姿のないものに対しての事だったから、自分さえ気持ちを変えれば済む事だったけど・・・・
今回はそうじゃない。相手が私に会いたいといってきてそれを知っている主人が放棄してるのよ。
もしかしたら見ない振りしていたらいけない何かが起きてるんじゃないかとも思うの。」
「そう、じゃ、、奈緒美ちゃんはその人が電話をかけてきたら会うつもりなんだ」
敦子は、ため息混じりにいうと、意を決して語り始めた。
「じつはね、私が家を出た理由もこう言う事だったの。
今こうして家族の中で暮らしているけど、でも体を壊してしまってわね。何処に頼るところも無くて、
一緒にいた友人もこればかりはどうにもならなくて、それで子供達に連絡してくれたの。出て行った妻をもう一度
受け入れるって主人もよほどの葛藤があったと思うよ。でもね本当は帰ってきたくなかったよ。」


奈緒美は、敦子の告白に驚きながらも黙って聞いていた。
「拒んだんだけど、その理由にね。長女が出来ちゃった婚してて、婿も頼りないし父親には話せないこともあったりで、
不安でたまらないから、自分と生まれてくる子供のために帰ってきてほしいって娘に泣きつかれたのよ」
自分の今あること、そして家の中での立場。主人との距離。
敦子はそういうことをすべてはなしてくれた。
「いまはね、これでよかったと思えるのよ。あのままいたら、また体を壊したと思うし
手術した後の体はぜんぜん違うしね。帰ってきても主人は一度出て行った私をを許してはいないし
娘のために私を置いてると思ってる。だから、給料も渡してもらえないし
孫の子守をすることで娘が必要に応じてお小遣いをくれるからね。
おかげさまで経済的な面での責任からは開放されてるわ。
自由になるお金を作れないから、友人とのお付き合いも出来なくなっちゃったけど。」
奈緒美はだまってきいていた。敦子の告白に学ばなければならないと思っていた。
「男はね、一人の女じゃものたりないのよ。そういう本能をもってて、私だってそれに気付いたときは、
主人がそういうことをするなんて思ってもいなかったから、しばらく様子をみていたわよ。
いつかは消えてしまうと思ってだいぶ我慢もしたのよ。でもね、家の場合は主人のほうがいれこんじゃったのよ。
本当は子供をつれて出て行くつもりだったんだけど、いつもお姑さんが見てるし、
迎えに来るつもりで先に自分が出たの。まず住むところ、働く場所を探さないと生活できないでしょう?
女に狂ってる主人がまさか子供を手放さないとは思いもしなかったしね。」

「それで今はどうなの?ご主人」
母親としての敦子のつらさは奈緒美にもいたいほどわかった。
長男亨と長女知美は自立しているが、次女祐美は短大に次男剛司は高校三年生である。
せめて下の二人が学業を終えて自立するまでは、一時の感情で今の生活を壊すわけには行かない。
「さあどうなんでしょうねえ、分からないし、興味ないかな。」
敦子はそうこたえると、
「ねぇ奈緒美ちゃん。この年齢になればね、女はだんだんと男性との係わり合いが面倒になってくるものよ。
私は特に、それが強くてね。もしかしたらそれも原因かもしれないって思うところもあるの。
私は夫より姑の世話と子育ての方が大変だったから、主人には寂しいおもいをさせていたとおもうわ。
主人も男だもの、そういうことが必要だったんだと思えるようになったのよ。
だから、今はこういう状況でもあるし、あまり詮索しないようにしてる。向こうも反省しているとは思うし」
そういいながら
「会うか会わないかは奈緒美ちゃんが決めることだけど、後のことをちゃんと考えて行動しないとね。
向こうの過ちをこっちがふりまわされて損するような事にはならないように」
奈緒美は静かに頷いていた。

 「ツルルルル ツルルルル」
電話がかかってきた。
二人は同時に顔を見合わせたちあがった。
敦子が奈緒美を見守っている。
奈緒美は深呼吸をすると静かに受話器を取った。

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VOL2

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