季節(とき)のワルツ

ライン

■■目に映る風景(2)■■


長身のキム・ソルジュが一人、駅のホームの端にたたずむ姿はうっとりするほど周りの風景にマッチして、
午後の日差しを浴びたその横顔から哀愁のようなものが感じ取れる。
その姿を見ながら胸をときめかせている自分を振り払うように美園は勢いよくベンチから立ち上がり
「おばあちゃん、彼を呼んで来るわ。早く出ないと夕方になったらあそこまでの道は危ないから」
というと、愛子はソルジュの姿を見守りながら
「いいのよ。みーちゃん。彼はこの風景に何かを感じてるみたいだし、
韓国に帰ればこんな田舎もう二度とこれないかもしれないんだからゆっくり見せてあげましょう。
さあ、男の人は食べるのが早いわ。私たちは先に食べよう」
 美園は何かいいたげに唇を膨らましていたが
黙って買ってきた弁当を愛子に渡すと自分も開いて食べ始めた。

 しばらくしてゆっくりと二人の方へ戻ってきたソルジュは
「君との想い出の駅に似ている、この他国の駅で僕は、
もう一度君に会いたいと叫ばずにはいられない。」
ベンチに腰を下ろしながら詩の一説を読むようにつぶやいた。ソルジュの声は切なさに満ちていて、
愛子も美園も同時にソルジュの顔を凝視していた。
 その異様な二人のまなざしにソルジュは我に帰ったのかいつもの笑顔に戻り
「ハハハ、驚きましたか?これは祖父の絵に添えられていたものです。ああ、おなかがすいた。
美園さん僕にもお弁当ををください。
こんなすばらしい景色の中で祖父を感じることができて嬉しいです」
と、美園に手渡された弁当をほおばりはじめたが喉につまってやっとお茶で流し込んでいる。
その横顔に必死で涙をこらえてるのがわかり美園は胸がしめつけられ視線をそらしてしまった。
落ち着いたソルジュは愛子に向かって
「さっき通ってきた道 それとこの駅や僕が立っていた場所からの風景がこの目によみがえってきました。
僕はまだ小さくて覚えていないと思ってたのに祖父が描いた絵の全ての作品が道案内をしてくれているようです」
と胸にあふれる感情を一筋の涙とともに吐き出した。
 「ソルジュさん、泣きたかったらお泣きなさい。我慢しなくていいのよ。」

愛子が優しくソルジュの背中をさすりながら言うと安心したのか意志の強さを感じさせるはっきりとした声で
自分のことを話し始めた。
「おばあさま、僕は幼い頃母と一緒に祖母が開いた個展会場に度々行きました。
祖父の絵を見ながら、いつの間にか大きくなったら日本へ行ってこの絵の風景を歩いて見たいと思ったんです。
だから高校を卒業した後迷わず写真の勉強をはじめました。
僕には祖父のように絵を描く才能はないからカメラで捕らえてみたいそう思ったんです。
映像学科に入学することを母や親戚は最期まで反対したけど祖母だけは味方をしてくれました。
僕が祖父の絵の虜になっているのを祖母は嬉しそうに見ていてくれましたから」
「そう、おばあさまはあなたをとても可愛がっていらっしゃったのね」

「はい、僕が祖父にいきうつしということもあって、彼女はつらいとき嬉しいときに僕を家に誘いました。
時には大泣きされて困ったこともあるけど、「泣かないで、僕がいるよ」って抱きしめてあげると
ソルジュの顔を見てるだけで勇気がわいてくるっていってくれました。
祖母は僕を若い頃の祖父に重ねていたのでしょう。祖母はいつもは勝気な人で僕にだけ涙を見せたと思います」
「愛していらっしゃったのね。本当にお気の毒だわ。あなたのおじいさまは本当に優しくて・・・・・・・
もし、奥様が生きておいでなら私も一度お会いしたかった。そしてあの人のことを語り合いたかったわ」
 愛子はソルジュの話を聞きながらあった事のない キム・ソンジェの妻に懐かしさを感じていた。
一瞬、ソルジュが愛子の顔を見つめたがふっと微笑むと
「おばあさま、いきましょう」
と手をさしのべた。愛子はその手に自分の手を重ねながら
「ありがとう、じゃこれからの道はあなたの幼い頃の記憶に任せることにするわ。
あの人はこの道をずっと歩きながら、故郷を思い出し、愛する家族の無事を祈り、
離れ離れになった奥様へ語りかけていたのね」
 愛子はふっと寂しげな表情を見せたがソルジュにも二人の会話に耳をそばだてながら
遠くの山を見つめている美園にもその意味はわからないことだった。

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VOL2

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