季節(とき)のワルツ

ライン

■■呼び会う魂■■

赤松清二は後ろから着いて来るソルジュと美園の姿を50年も前のソンジェと愛子に重ねていた。
二人はそれほどお互いの祖父母に生き写しだったのだ。
ソルジュの部屋は温泉とは逆方向になる渡り廊下を通っていくようだ。
「あの、廊下にかけてある絵もキンさんが描いたものだ。宿代代わりにと後で届けてくれたんだよ。
これまで宿の宣伝に使わせてもらったよ。最初モデルは愛さん思ってたんだがよく見ると違う。
ソルジュさんにはわかっただろう?」
いきなり聞きたいと思っていたことを逆に訪ねられてソルジュは戸惑った。

「はい、やっぱりあれは僕のおばあさんですね。実はさっき美園さんにも話したんだけど
家にある結婚式の写真と同じなんです。
改めておじいさまがどれほど故郷を家族を偲んでいたかがわかりました。
僕はとても嬉しいです」
ソルジュの言葉に顔をほころばせながら
「あの殺伐とした時代に絵を描くなど考えられもしなかったが、
キンさんの絵は見れば見るほど心が暖かくなる。
わしもここに来る人が絵に癒され風景に和まされて
心を入れ替え出て行くのを見るのがとても嬉しかったし、
わし自身も何かにつけ生きるための励みにもなったもんだ」
と昔を懐かしむように答えた。

「さあ、どうぞ入りなさい。ここは特別の人しか泊めない部屋だよ」
赤松老人は格子戸を開けて部屋に入ると部屋の灯りをつけ 風を入れるために窓を開けてくれた。
「ま〜、あの湖がここから見えるんだわ」
絵と昔話に夢中になっているソルジュを尻目に美園は開けられた風景に心を奪われていた。
「お嬢ちゃん。気に入ったかい?やっぱり愛さんの孫だな〜。あの人もここが一番というとった。
夏にもまた来たらいい。このあたりは蛍が飛びおるからそりゃ美しいよ。
それからここは湖じゃなくて池だよ。
今はぐるりがキャンプ場になってしまって蛍の舞はこの場所からしか見ることはできないんだ。
ソルジュさんもまた夏場にここに来れたらいいんだが」

 その部屋は時代の流れを感じさせる古いたたづまいだった。
落ち着いた空間のなかにキム・ソンジェの絵はひっそりと穏やかに季節を輪廻し
再び生きて顔を合わすこともなかった妻チェ・ミソン、そして腕に抱くことのなかった我が娘ミナ
幾重にも重なった魂に呼び寄せられるようにたどり着いた孫ソルジュとの血の絆は一つに繋がった。

 「ありがとうございました。今日は疲れたのでこのまま休みます。美園さん明日の朝散歩しましょう」
というソルジュに赤松老人はゆっくりとうなづき 名残惜しそうに部屋から出ようとしない美園を
優しい目で促しながら背を押しその部屋を出ていった。
祖父の描いた絵の一枚一枚を見終わると、ソルジュはしかれてあった寝床にもぐりこみ感動の涙に咽びながら
いつしか夢の中へといざなわれていった。
「おばあさま約束どおり、あなたが愛し続けた人の魂を連れて帰るよ。」
 帰国までの日々を絵にある風景の場所を確かめ、自分の眼にしっかりと焼き付けることを誓いながら・・・・

 ソルジュの部屋を出た赤松老人は機嫌直しに美園をホテルのバーへ誘ったが
「いえ、私も今日は疲れちゃったからこのまま部屋にかえります。」
と笑顔で答える美園にため息をつきながら
「そうか?わしが無理に連れ出してしまったからごめんよ。
それにしてもお嬢ちゃんとソルジュさんが二人で歩く姿は、
あの頃の愛さんと金さんを見ているようで何とも言えない気分になってしまったよ。
まったくめぐり合う運命ってのがあるんだろうなぁ」
とつぶやき、軽く手をふって帰っていった。
「あの〜・・・」
美園はその後姿に祖母とキム・ソルジュの関係を赤松老人に聞こうと声をかけたが聞こえなかったようだ。
「まっ、いいか。時間はたっぷりあるわ」
現代っ子らしいあきらめの早さで、思いを打ち消すと大きなあくびをしながら愛子の待つ部屋に入っていった。
二組の布団が敷かれてあり、愛子はもうぐっすりと眠り込んでいる。
「おやすみおばあちゃん、
思いもしない体験をさせてくれてありがとう。それとソルジュさんに合わせてくれてありがとう」
寝床に入り愛子の年老いても美しいその横顔を見ながらつぶやくとそのまま眠りの中に落ちていった。

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VOL2

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