季節(とき)のワルツ

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■■季節の(とき)のワルツ■■

 それぞれの思いを胸に心地よい朝を迎えた。
携帯の着信音に目覚めた美園は寝ぼけた声で答えるとソルジュからのモーニングコールだった。
あわてて時計を見るとまだ5時をちょっとすぎた時間。
「おはよう!美園さん約束どおり朝の散歩をしよう。出ておいで」
「あっ、はい。」
と答えたものの
「え〜なんでこんな早くから散歩なのよ〜」
眠い目をこすりぶちぶちとこぼしながら身支度をして部屋を飛び出していった。

 約束の場所に着くと愛子とソルジュが笑いながら手招きをしている。
「おはよう、機嫌わるそうだね。大丈夫?」
ソルジュが笑いながら眠そうな美園の顔を覗いた。
「大丈夫じゃないわよ〜おばあちゃんが一緒なら私を呼ばなくてよかったのに」
わけの分からない小言をいいながら生あくびをすると
「ほんとにこの子ったら寝起きがわるいんだから。ほら目を覚ましなさい」
と持っていたコーヒーの缶を手渡した。
そんな二人の姿を楽しそうに見ているソルジュの顔には吹っ切れたようなさわやかさがあった。
大きな荷物を降ろしたときの安堵感というのだろうか

「おばあさま。本当にここの風景はすばらしいですね。
朝もやの中の池に写る緑の木々はどの季節にも色を変えて輝いてるんでしょうね」
ソルジュは長身の体をゆっくりと愛子と肩を並べて歩きながら手のひら空にかざしている。
愛子も嬉しそうに
「そうよ。世の中がどんなに変わっても、ここのこの景色は昔のまんまだわ。
美園も小さいとき、ここに連れて来てるんだけど記憶にないかしらねえ」
急に自分に矛先が回ってきたので
飲みかけていたコーヒーを口からはなして
「あら、そうなの?全然覚えてないけど。
でもなぜか私がこういう山々の景色や田園に癒されるのはそのせいかしら?」

「そうだよ。僕も小さい頃祖母にあちこち連れて行ってもらったことで、その風景に
自然の優しさと何にも犯されない強さをおしえられた。人と人の争いがいつか国と国の争いになって
よわい国や発言力を持たない庶民はいつも犠牲になってきた。
そんな中でも変わることなく季節のワルツを奏でるような鳥の声と風の音、そして川のせせらぎがあった。
だから僕は写真に興味を持ったんだ。後の世に伝えられるものそれは祖父の絵画であり僕の写真。
そしてそのときに記された詩や日記、紀行文。形あるものはいつか壊れていくけど、
残された資料によって再生することが出来る。
美園さんと出合って、おばあさまを紹介してもらえたこと、昨夜のご老人のように
祖父を知る唯一の人に出会えて心から感謝しているんだ」
 ソルジュは熱っぽく語り続けながら、
これからは国と国を結ぶために生きていこうと硬く心に決意をしていた。

 「ところで帰国の日までをソルジュさんはどんな風に過ごしたいの?
あなたがなさりたいように計らいますよ。それが私の最後の仕事だと思っているから」
満足げにうなずきながら愛子は優しく訊ねた。
「ありがとうございます。僕は昨夜 そして朝、目覚めてからも祖父の絵を一枚一枚じっくりと見ました
あの絵の場所を確認して僕のカメラに収めようと思います。それを祖母の墓前に届けます。
そして、いつか祖父の絵と僕の写真を写真集にまとめようとおもっています。」
「そう、それはとてもいいことだわ。でもわたしはもうご案内できないわねえ。」
愛子は残念そうにソルジュを見上げている。
「おばあさま。もし許していただけるなら美園さんと回らせてもらえないでしょうか。
僕と同じ風景を彼女にも見てもらいたいです。そして感じたままに文章を書いて欲しい」
 
 美園には二人の会話に突然に呼び出される自分の存在が嬉しくもあり、
ソルジュへ引き寄せられる自分の恋心が怖くもあった。ただ、いま自分を必要とされるならソルジュと共に
祖母愛子とソルジュの祖父母にまつわる長い歳月の流れを確かめて見たいと思っていた。
「おばあちゃん、私がおばあちゃんの変わりをするわ。いいでしょう?
分からないところは赤松のおじいさまにお聞きして
おばあちゃんにも相談するからソルジュさんの助手をつとめさせて。」
 そんな二人の姿に目をほそめながら、愛子は嬉しそうに
「そうね、二人で私とソンジェさんの歩いた道を見つけてちょうだい。そして
あの人が亡くなるまで忘れることがなかった奥様チェ・ミソンさんとご家族にその思いを届けてもらいましょう」

 「これはこれは皆さん、早起きですね。愛さんは仕方がないとしても若い二人には酷でしょうに」
赤松老人が朝食の誘いに現れたのは、池の周りを半周ほど散歩して宿への戻り道だった。
「ホホホ、ここにいて朝寝坊なんてもったいないわよ。そうでしょう?みーちゃん」
愛子はいたずらっぽく笑って美園を見、ソルジュに目配せすると赤松老人に向って
「清さんにお願いがあるんだけど、食事が終わったら私の部屋に例のもの届けてもらえないかしら。
今日からこの二人があの場所を回ることになったからいろいろとお世話になると思うけどよろしくね」
と頼みごとをすると
「ああ、わかりました。そりゃいい、なんなりと聞いてください。ほうほう、時代が変わればこういういい感じの
二人連れを見ることができる。本当にいい時代になったもんだ」
と、穏やかで人の良さそうな顔で笑っている。

 愛子はあきれた顔をして
「なにいってるの清さんたら。この二人は国を超えての兄弟みたいなものだからいらない詮索はしないでちょうだい」
そんな言葉を残してさっさとホテルの方のレストランへと歩いていった。
 ソルジュと美園は顔を見合わせながら愛子の後に続くと 赤松老人はその後姿を目で追いながら
「本当にあの頃の二人にそっくりだ。あの夜、何があったか全ては愛さんの心のうち、どう始末をつけることやら」
そうつぶやくと「望郷庵」をもっと下に降りたところにあるちいさな蔵の中に入っていった。

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VOL2

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