季節(とき)のワルツ

ライン

■■戸惑いの季節(とき)■■


岡野美園は落ち着かない一週間を過ごしていた。
今日もまた気持ちのいい春風がふいている川原の道をゆっくりゆっくり歩いている。

 韓国の青年キム・ソルジュからの連絡は翌日の夜に来た。
祖母の愛子に代わろうかといってみたが微笑みながら首を横に振ったので
「わかりました。日曜日のお昼ですね。」
と訪問時刻を確認するとそれを聞いていた愛子が少し考えたあと食べる仕草をして自分をさして見せた。

「ああ、あの昼食はうちで準備しておくからっておばあちゃんが言ってます」
そういうと
「いや、それはいけない。おばあさまにご迷惑だから僕がご馳走します。
美園さん良いお店を探して置いてください」
と、恐縮しつつ外食を促してきた。
愛子に伝えると、今度は自分に変わってくれと手を差し出してきたので携帯を渡して様子を伺っていた。

愛子は目を閉じて深呼吸すると落ち着いた声で
「チョウム ベッケッスムニダ、ナヌン久山愛子二ムニダ。」
思い出すように言葉を発した。
美園が驚いていると暫くして、声を立てて笑いながら
「チョンマネ マルスムニダ ケンチャンスムニダ」
というと
「わかりました。お待ちしてますよ親戚の家に行くと思ってお気楽にね」
と普段の愛子に戻って携帯を美園に返した。
キム・ソルジュは興奮した声で
「美園さんのおばあさまはすばらしいです。早く会いたいな。それから
僕は御馳走になることにしました。日曜日のお昼にあのお店で待ってます」
そういうとあっさり携帯をきってしまったのだ。

 日曜日 愛子は朝早くから畑に行き食材になる野菜を取ってきて、鼻歌を歌いながら台所にたっていた。
夜、なかなか寝付けなくて眠りの浅かった美園が起きて
「何か手伝うことある?」と聞いてみると
「こんな時間まで寝てたんだからもう朝ごはんとお昼ご飯は一緒でいいわね
顔を洗って何か飲み物買ってきてちょうだい。ゆっくり散歩しながら歩いてお店で待ってたらいいよ」
とコーヒーいっぱい飲むまもなく追い出されてしまった。

 昨夜、美園は携帯を切った後
「ねえ、おばあちゃんさっきキムさんになんて言ったの?」
と聞くと愛子はふっとはにかんで
「初めましてってご挨拶したんだよ。でもあの方日本語お上手なのね
もう一度私の韓国語聞きたいっておっしゃるから どういたしましてかまいませんよって言ったのよ」
「へ〜、彼とっても嬉しそうだったわ。おばあちゃん素敵だって早くあいたいっていってたもの。
でもどうしておばあちゃんが韓国語話せるの?」
美園が身を乗り出して催促すると
「ホホホ、アレだけがやっとよ。それもあってるかどうかもわからないの。
昔ね、キンさんが教えてくれたお国の挨拶を思い出したの。」
「ふ〜〜ん、そうなんだ。でもおばあちゃんよくおぼえていたわね。」
「覚えていたんじゃないのよ。思い出したのなぜかしらね〜。明日が早いからもう休むわね」
愛子の妙にうきうきした様子をみて美園は、
「おばあちゃんなんか怪しい〜どうしちゃったのよ」
と冷やかしてみたが後ろ手を降りながら部屋に入っていてしまった。

 「ああ〜何かしら、この気持ち。胸の中がザワザワしてるみたい。
おばあちゃんもなんとなく一晩で若返っちゃったように感じるし・・・・」
そんなことを思いながら歩いていると向こうから人が手を振っているのが見えた。
「ああ、もう来ちゃった。」
とつぶやきながらこっちからも思わず手を降りかえしていた。

 「こんにちは」
キム青年はもっている紙袋を空にかざして大またで歩いてきた。
「こんにちは、キムさん。ようこそいらっしゃいました」
美園は大柄なキム・ソルジュの前に立つと
自分が子供になってしまったように萎縮してしまっている。
「美園さんソルジュって呼んでください。はいこれ、のみものと果物です」
と袋の中身を見せてくれた。
「あら、ありがとうございます。今飲み物を買いに行くところだったんだけど・・・
キ・・ああ、ソルジュさんが何を飲まれるかわからなくて困ってたんです。遠慮なく頂きますね」
とその紙袋を受け取ろうとした。
 ソルジュはその袋をさっと横に逸らしていたずらっぽく笑うと
「これはおばあさまにお土産。ぼくがもっていきます。」

 美園は受け取ろうとしたその手をどう引っ込めるか困っていると
「ハハハハ 冗談 冗談、これ結構重いから僕がもっていくよ」
「もう〜いじわる!」
うちとけて話し始めたソルジュの明るい笑い声に釣られて美園もまた緊張がすこしづつほぐれて行った。

ライン

VOL2

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