季節(とき)のワルツ

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■■追想2【キンさんと呼ばれた男】■■


 愛子が玄関に出て行くとそこには 小柄でおばあちゃん似の美園と長身で笑顔の美しい青年がたっていた。
「始めまして、僕はキム・ソルジュです。お会いできて嬉しいです」
と手を差し出してきた。
 愛子はソルジュのその姿に一瞬めまいを覚えたが、取り繕うようにそっと右手を差し出し握手を交わした。
その様子を見ながら美園は、祖母愛子とソルジュの祖父「キンさん」
と呼ばれたその男性との関係が無償に気になり始めていた。

 「さあ、どうぞ。お国のお味とはだいぶ違うと思うけど、たくさん召し上がってください」
そういいながら唐辛子を小さく刻んで、白ゴマとすりつぶした薬味をソルジュの目の前に置いた。
ソルジュはさりげなく心を配る愛子の優しさを感じたのか。
進められるままに箸を口に運びながら
「ウワ〜、イ ウムシクチョンマル マシンネヨ 」
と、感動の声を上げた。
「なあに?」
とっさに美園が聞き返すと
「アア、ごめんなさい。美園さんのおばあさまの料理はとってもおいしいです」
と嬉しそうに愛子の顔を見て笑った。

「まあ、ありがとう。そういっていただけてとっても嬉しいわ。その胡椒はね、
あなたのおじい様に種を頂いたものなのよ。
もうずっと昔だけどあの川原にはおじい様の住居の隣に菜園があっていろんなお野菜が植えてあったわ。」
愛子は懐かしむように話し始めた。

ソルジュが箸をおろして愛子の話を聞こうとしたので
「どうぞそのままで 食べながら聞いてちょうだい。」
そういいおいて話を続けた。
「あのころは人の目もうるさくて、いろいろと厳しい時代だったから
こんなふう気楽に食事に招くこともできなくて、
食べ物も満足にないし、自分の家族に食べさせるのがやっとだったのよ。
うちの主人もキンさんも焼酎が大好きで十分にあれば二人で酒盛りでもできて楽しかったでしょうに
そういうこともしてあげられなかった。
キンさんにはお世話になりっぱなしで、仕事帰りに寄られたとき縁側でお茶いっぱい上げるのが精一杯だったの
でも不思議な縁ねぇ、こうしてキンさんのお孫さんで私の望みを叶えることができてとっても嬉しいわ。」
愛子はポケットからハンカチを取り出して涙をふいている。

「おばあちゃん、大丈夫?」
気丈な祖母愛子のこういう姿を見たことのない美園が心配そうに声をかけると
「だいじょうぶよ。おばあちゃん今日は嬉しくて嬉しくて、少し感情的になっちゃってるみたいね」
と、一呼吸してまた話し始めた。

「あの頃、病弱な主人と4人の子供を抱えて、朝から仕事に行って夕方からは田んぼを作ってお日さまが沈むまで
馬車馬のように働いていたの。ほらあそこ、昔はねあの山道を通って上の道路にあがることができたから、
帰り道でキンさんに呼び止められてお野菜とか頂いて帰ったわ。」
 愛子は窓の外を見て、川原の道の向こうの小山を指差しながらソルジュと美園にその頃の風景を教えた。

その時、美園がふっと
「あら、おばあちゃん子供は5人でしょう?その頃はまだうちのママはまだ生まれてなかったの?」
とたずねると
一瞬だったが愛子の顔が曇ったのを二人は感じた。

「そうあなたのママはまだ生まれてなかったの。」
愛子はとっさに答えると話を変えて
「ああ、ソルジュさんあなたのお母様はキンさんの何番目のお嬢さんなの?
ご長男はお亡くなりになったって聞いたけど、
奥様と後3人のお嬢さんが国で待ってるっていつも話してくださってたのよ」

 ソルジュは急に聞かれて戸惑いながらも
「僕は末娘の一人息子で,お姉さんと妹がいます。
僕の母はまだ父とはなれたときは乳飲み児で父親の顔も知りません。だからなおのこと心に残っているんだと思います」
静かな口調でそう答えて
「おじいさんは家族のことを覚えていてくれたんでしょうか?
生まれたばかりで離れてしまった僕の母親のことを思い出してくれてたのでしょうか?」
と矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。

 愛子は優しくうなづきソルジュの顔をまぶしそうに見上げた。
「ええ、ええ、キンさんはね、本当に家族思いでいつも心の中にしまいこんでいらっしゃったわ。
美園の母親が生まれたとき本当の娘のように祝ってくださったのよ。主人がやきもちを焼くくらいにね」
声をたてて笑いながら、
「きっと残してきたお嬢さんたちのことを思い出していたんでしょうね。
美園の母親をほんとに優しい目でみていらっしゃった。」
そういいながらふぅとため息をつくと
「でもね、私は今でも申し訳なくてたまらないのは、物心ついてからの優子はキンさんを怖がってしまって、
いつもにげてばかり、あの人がいる間、家の隅っこで小さくなってた。それでも笑って
『優子、母ちゃんの言うこときかないとこの袋に入れてつれてくぞ』って
『おじちゃんのこの袋には蛇がいっぱい入ってるんだぞ』って
末っ子で甘えん坊の優子には怖いおじちゃんでとおしてくれてたの。
きっとね、あなたのお母様を赤ん坊の頃に抱いた感触を優子で感じたかったと思うわ」

「でも赤ちゃんの時には抱かして上げられたでしょう?怖いおじちゃんだなんてわからないんだから」
美園は純粋に愛子の昔話に自分の母親が大きな位置を占めてることに感動して身を乗り出した。
 ソルジュもまた自分の祖父が他国の日本で一人さみしく生きながらも
祖国においてきた妻や子供を愛子の家族に重ねていた現実を知り
涙ぐみながら大きくため息を漏らしていた。 

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VOL2

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